市丸帝国

□Give me! お年玉
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 「隊長、お年玉下さい」


 新年、三番隊隊士への仕事はじめの挨拶も無事に済ませた三番隊執務室にて。年越し大晦日の晩から雑魚寝で泊まり込んでいた乱菊パパが仕立ててくれた、何処を踏んでもピプぅと鳴る足袋を履いていたチビ丸が、来客用とは別に、新年用にと取り寄せた特別な茶を淹れて隊首席へと持って行き、副隊長として隊長である吉良へ、今年も宜しくお願いします、と言おうとした矢先に『お年玉』を強請られてしまった。

 「…………はァ?」

 呆れも度が過ぎると、返事に何拍もの時を必要とする。盆から取り上げて机上に置こうとしていた湯呑みが自然に傾いて、チビ丸の袴に染みを作っていく。

 「だから、頑張って三番隊の隊長職を繋いでる僕に、そろそろお年玉を下さい、と言ったんです」

 吉良自身、三番隊の隊長職は端からチビ丸こと、復活を果たした『市丸ギンの魂魄』が就任するまでの繋ぎとしか考えていない。良い加減なところで重圧から解放されたいのだ。隊首印や隊首署名、自分の名で出す隊長命令などの重みから楽になりたい訳ではなく、単なる繋ぎに過ぎない自分が何時までも隊首席を暖めている現状を許せないのだ。死神としての生を賭して仕えたいと願った、唯一の主の上座に居る、その事実だけで吉良にとっては十分な重圧になっている。だがチビ丸は全く気付かないフリを通す。吉良の求める『市丸ギン』と現在の自分は本質的な部分で異なると考えている。関係ない事柄だと割り切っているのだ。

 「せやな…大晦日から此方、乱菊にずいぶん呑まされ過ぎとったみたいやし、正月ボケしとんのやな?」

 「まさか。いくら松本さんだからって昨夜は、仕事はじめの今日、酒臭い息で出勤しようもんなら『悟りの日番谷』に怒鳴られるって言って、あんまり呑んでませんでしたよ?」

 因みにチビ丸は、見た目が幼児なため、零時を回ったら寝ろと両親に厳しく躾られてきたので、昨夜も夕食後に程々に晩酌したあと、きちんと零時すぎに布団に入り、そのまま百も数えないうちに眠ってしまった。模範的かつ健康的な毎日の習慣が出来てしまった以上、身体が睡眠を欲して止まない。何よりも記憶の欠如の所為でサイズにそぐわない膨大な霊力を、成長の欠片も見えない小さな身体に押さえ付けて詰め込んである状態なので、どうしても無理が出来ない。少しでも疲労が重なれば、それがストレートに食欲と睡眠欲に直結する。疲労度のバロメーターにもなるので、チビ丸を溺愛している両親にしてみれば便利といえば便利だ。疲労が溜まっていなくても、昨夜のように腹八分目まで食べてから呑んだ後のチビ丸は、必然的に眠気を訴える。最近になって、更にその傾向が加速している。爆睡するチビ丸の枕元で、四番隊に連れていくべきかかなり遅くまで話し合っていた。何時までも親バカな両親の心配は尽きないようだ。大切に見守る霊圧に包まれて暮らすチビ丸には、乱菊と吉良の愛情は何よりの栄養になる。

 「あの、いっつも悟り開かはったみたいに優しい十番隊長サンが…怒鳴る?…あり得へん…」

 吉良は、年が明けて一番の書類から目を上げてチビ丸の濡れた袴を手拭いで拭き始めた。皺にならないよう丁寧に水分を拭い取りながら、この方は昔の日番谷隊長を覚えてないんだっけ、と説明を始めた。今では書類に署名を貰いに行きがてら乱菊に逢いに行ったチビ丸に、何処かしらから頂いた菓子を横流ししてくれているのだが、かつての日番谷は吉良をも越える真面目の権化だったのだ、との説明に、チビ丸は一瞬言葉を失った。

 「…嘘、やろ…。いや、そら乱菊が悪いわ。あァ、そういや、初っ端から大量に溜め込んどった書類、手伝わされたなァ…」

 吉良と乱菊に関する認識と両親二人への態度だけは、かつても今も呆れるほど変わらないし、間違っていない。檜佐木を除くその他大勢への当たり障りない言動とは、親しみ…遠慮の無さ、との乱菊の言は的確に痛烈だが、その度合いには天と地ほども差がある。昔のように八方美人でどっち付かずな態度ではないが、自分がどう認識されて受け止められているのかを、敏感に察知し、その上ではっきりした線を引いて接しているのだろう。

 「で、お年玉です。くれるんですか?くれないんですか?」

 「いっくらボクが百年前に隊長しとったから、て、イヅルに『お年玉』はないやろ、現実から目ェ背けたらアカンて。どっちか言うたら、ボクが貰わなアカン方なん違うの?」

 金銭的な話ではないのだけれど、と独り言ちると、特製ピプぅ足袋のチビ丸を抱き上げて椅子に座らせ、ピコピコ草履を取りに立った。午後からは副隊長同伴の隊首会がある。ピコピコピプ…と、何やら無駄に賑やかでも、チビ丸の採寸ならば咎め立てされたりしないはずだ。十一番副隊長には羨ましがられるかもしれないが、剥ぎ取られる前に一組渡して手を打って貰おう、と乱菊作大量のピプぅ足袋を袂に忍ばせた。

 「さ、隊首会の時間に遅れます。一番隊舎に向かいましょうか」

 チビ丸が副隊長章の位置を整える為に椅子から飛び降りると、案の定ピプとピコが同時に二つ鳴り、笑いを誘われて遂に零れてしまった。





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