風日祈宮

□仔狐テイクアウト
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 休日の観光地は人出が多く、様々な装いの人々を見掛けるのが相場だが、往来脇の石段に腰掛けている影は、その中でも一際異彩を放っていた。


「どう見ても、何か生えてるっぽい…わよね?」

 尖った大きな耳、ふさふさの尻尾…色が茶色なら、間違いなく狐仕様のメーカーオプションだ。断定しかねるのは、髪と同色の銀色をしているだからだ。そんな人目を引いて当然の姿に、誰も不審な目を向けていないのが引っ掛かる。不審なモノを見るというより、女性達は、遠巻きに盗み見しては頬を紅く染めていたりするから、余計不思議でならない。

「まだ小学生ぐらいのガキじゃない、あれ?こんなトコでコスプレ?」


 喧騒と暑さから逃れて、神社仏閣巡りに出掛けてみたものの、霊験あらたかな神域で、狐狸の類いに出喰わすとは、幾らなんでも予想を遥かに越えている。

 何より狐の耳と尻尾を生やした子供に見えているのが自分だけらしいという事実に、動揺を隠せない。

「芸能人じゃない?」
「外国のモデルかも」

(あんな不審なガキが芸能人やモデルなワケないじゃない!?)

 乱菊は通り過ぎた二人連れの観光客に内心でツッコミを入れた。極力黄色い声を抑えていても、振り返りつつ熱い視線を送っている二人連れを冷たい眼差しで見送って、石段に注意を戻す。後ろから横に流している尻尾はふよふよ、数段下から浮いている足をプラプラさせて、大きな耳を忙しなく動かしている。…少なくとも乱菊には、そう見えている。ディーラーオプションのコスプレではなく、本物のメーカーオプションらしい。

(…どう見たって、あれ…狐にしか見えないわよ)

 後ろから歩いて来た他の観光客に押されて、仔狐の前まであと数メートルという所で、乱菊は人通りから外れて、土産物店の軒先に入った。

 深呼吸をして気を落ち着ける。目を閉じてゆっくり十を数えた。幻なら消えるか、そうでなくても、次に目を開けた時には、ちゃんとした人間に見えるだろう…て言うか『見えてて下さい、お願いします』…

「…お姉サン?

「お姉サン?ボクの顔に何ぞ付いとるん?」

 乱菊の正面に、先ほどまで石段に腰掛けていた仔狐の顔が目の前にある。ふよふよ宙に浮いていた。

 文字通り『浮いていた』。正確には、銀色のふさふさした尻尾の先が、何とか地面に着いていて、それが軸になっているらしい。目線の高さを合わせて、小首を傾げ、乱菊の顔を覗き込んでいるのだ。

(『これは夢、これは悪い夢』…寝ながら歩いちゃうなんて、あたしってば何て器用なお茶目さ…)

 ギュッと眼を瞑って、早口で呪文を唱える。

「なァ、お姉サン?どっか具合悪いん?」

 諦めて早く何処かへ行ってくれ、でなければ元いた世界に帰ってくれ、という乱菊の願いも虚しく、仔狐はいつまでも乱菊にまとわり着いて離れない。

「なァなァ、お姉サンお姉サン?」

「………五月蝿い

「……え?」

 眼を開けた乱菊は、正面の顔を怒鳴り付けて、追い払おうとして失敗した。泣きそうな顔だったのだ。

「えっと…アンタって狐…でいいのよね?」

 ようやく口を衝いて出てきたのは、自分でも思いがけない言葉だった。

「じゃ、肉球ある?」

「『にくきゅう』…?」

 乱菊は目の前の仔狐の手を取ってひっくり返してみた。それは見紛うことなき人間の手だった。

「肉球があっても無くても、まぁいいわ。早くお家に帰んなさいよ、お父さん狐、お母さん狐が心配してるわよ?」

 宙に浮いていた仔狐がストンと着地して、乱菊に背を向けた。耳と尻尾は撓垂れ、俯いてしまった。

「ボクな…帰れへんの」

「……『迷仔狐』?」

 訳有りの迷仔狐らしい。あまりの悄気具合と、覇気のない声に、乱菊は、うっかり『事情あるなら聞いたげるモード』のスイッチを入れてしまった。

 仔狐は何処から説明して良いものか、迷っているように見えた。ならば親元を出てきた処から話せば良いと言ってやった。







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