ショート・ショート

□イヅル君ときつねこ
2ページ/3ページ

 * *

 学校帰りにナンパした野良のキツネとネコに、見事フラれた翌々日。

「元気でやって……るだろうな。逞しそうだったし」

 街中でも捕まらない要領の良さだったり、良質な残飯がありそうな店のゴミ箱を狙う抜け目なさだったり……懐いたフリをして上がり込んで、ハムをパクッていくずる賢さだったり。
 主にキツネのやらかした悪さだが、一緒にいたネコも相当なワルだとイヅルは感じた。要領の良さでも、抜け目なさでも、ずる賢さでもいい勝負をするだろう。

「っていうか、あのキツネと一緒にいるんだもん、絶対に似るよね」

 盗られたハムの代わりにスーパーで買ってきた安売りのスライスハムをフライパンに置いて、その上に手早く卵を落とす。パンをトースターにセットして、イヅルは薬缶に火をかけた。

「どうしよっかな。今日は出席とる講義、昼の一コマだけだし」

 あのハムは、大事に切り分けて、数日かけて食べるつもりだった。盗まれたショックは今も癒えていない。食い意地が張っている自覚はなかったが、行きずりのキツネに対する恨みはイヅル本人が思っているより深かった。

「お天気だから、今日は草むしりしよう」

 しばらく休講がなくてバイトのシフトも遅くまで入っていた。出かける前にサッと掃除をして前の晩に済ませておいた洗濯物を縁側に干して、帰宅したら割引シールの貼ってある弁当を食べる。シャワーを浴びて洗濯を済ませたら、あとは疲れ切って寝るだけ。
 そんな毎日が二週間。当然、庭は草ぼうぼう。
 局所的緑地化で、昨日は久々に庭に出たときに息が詰まった。たぶん酸素が濃いのだろうと、イヅルは勝手に思っている。

「今度からは忙しくなる前に『脱・温暖化、地球に優しい家です』って貼紙しておこう」

 焼きあがったトーストを齧りながら二枚めをセットして、ハムエッグを皿に盛りつけた。コーヒーを淹れて手を合わせる。

「いただきまー……す?」

 イヅルは強い視線を感じて振り返ったが、もちろん誰もいない。蛇口は締まっているし、ガスも止めた。トースターの微かな駆動音しかしない。
 気のせいか、と気を取り直して箸を持つと、やはり誰かに見られ……睨まれているような感覚がする。

「……誰かいるの?」

 返事の代わりに、トースターが食パンを弾き出す。

「まだ疲れが取れてないとか、僕も年とったの……あぁっ!」

 ジャム味にした二枚めを咥えながら、三枚めを焼くかどうか迷っていたイヅルがふと振り向いたテーブルの上では、焼き立ての目玉焼きの熱さに口元を押さえてのたうち回る、例のキツネとネコの姿があった。


 * *

次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ