風日祈宮

□Melty love
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 到着ロビーの片隅で、人目を引きまくりな二名の金髪碧眼の片方が頭を抱えて右往左往している。

「あぁもう!どんな顔すれば良いの!何だってこんな急に帰ってくるのよ!?しかもお肌は荒れてるし髪はボサボサだし、ダイエットだって途中だったのに!!」

 途中からは顔を合わせ辛い理由の羅列になっている。動転していても周囲の男の視線を集めまくる乱菊に寄り添い、イヅルは宥めにかかった。本物のナイトが到着するまでは何としても守りとおさなければならない、という使命感だけでイヅルはまとわりつく嫉妬混じりの衆目を振り切った。

「そんなことないですってば。お義姉さんは春頃と同じくらい綺麗です。僕が保証します」

 近寄ったイヅルの胸倉を掴み、乱菊は泣きそうな表情を浮かべる。

「ね、ねぇ!あたし、ギンとどんなこと喋ってたっけ?どんな喋り方してたっけ?覚えてなくても教えてよ!」

 ギンの居ない十ヶ月、乱菊が一方的にベランダを乗り越えて不法侵入する以外、近くもなく遠くもない距離感を保ってきたが、ここにきて乱菊の箍が勢いよく外れた。結婚を前提にした交際期間より、結婚してから離れていた時間の方が長いのだ。乱菊が戸惑うのも仕方ない、とイヅルはギンを呪った。

(ほんと恨みますよ、市丸さん…)

 周囲を見回しながら、きっと身内に何か良からぬ事が起きて空港で待機している姉弟としか映らないだろうと判断したイヅルは、乱菊の肩に手を置いて諭しはじめた。

「お義姉さんは今のままで大丈夫です。十分綺麗だし、なんたって元気なんだから。あと、僕にする話し方で全く問題ないと思いますよ」

 とにかく問題の当人に逢わなければ始まらない。最初の一言二言はぎこちなくなるかもしれないが、どうせギンの方から持ち前の軽口で喧嘩を吹っ掛けるに違いない。そうすれば後は売り言葉に買い言葉の応酬だろう。すぐに以前の会話のペースを取り戻せる筈だ。それさえ忘れてしまったのか、とイヅルが揶揄すれば、乱菊も落ち着きを取り戻して苦笑する。

「そうね、そうだったわ。すっかり忘れてた、一発ぶん殴ってやるんだったわ」

 握りしめた拳を開いて閉じる、を繰り返し始めた。指の鳴る音がロビーのざわめきの中に溶けていく。到着予定時刻を過ぎてかなりの時間が経っている。乱菊は一人だったらパニックに陥っていたかもしれないな、と横に立つ弟分を眺めた。今日の為だけでなく、その他諸々も考慮して自分の部屋に越してこい、と言ったのだとしたら…?

「なんか腹立つわ…」

 自分の世界に浸っていた乱菊は、袖を引かれて我に返った。税関から見覚えのある銀髪長身がブロンド美人と寄り添って出てきたからだ。実は袖を引かれたのではなく腕を取られていたのだ、と乱菊が気付いたのは、殴りに行こうとしても動けなかったからだ。

「落ち着いて下さいっ、松本さん!」

「あれ見て落ち着ける訳ないでしょ!浮気してんのよ!?」

 今にも殴りかかりそうな剣幕で暴れる乱菊を、羽交い締めにしたイヅルが必死に押し留める。その騒ぎに気付いたギンが、しな垂れかかり続ける隣の女性の肩を押して自分から引き離す。

 客観的な状況判断が可能ならば、言い寄られて迷惑をしているのはギンだと気付いただろう。それを今の乱菊に求めるのは酷かもしれないが、いくら何でもタイミングが悪すぎる。

「浮気じゃないです、市丸さんの顔、良く見て下さい!」

「狐じゃない!エロ狐そのものですって顔してるわ!」

「してないですってば!物凄く困ってる顔です、あれ」

 騒ぎ続ける乱菊に近付きながら、ギンは先ほどの女性に触られた肩から腕を手の甲で払った。その仕種でさえ乱菊には格好付けのように映って腹立たしさを倍増させる。

「あぁ、逢いたて堪らんかった本物の別嬪さんや…。ただいま、乱菊」

 乱菊の腕を解放して一歩下がったイヅルに目配せしてから、いくら金髪でも紛い物はこりごりだ、飛行機の中でも付きまとわれて辟易していたのだ、と肩を竦める。対する乱菊は、黙ったまま鼻息も荒くギンを睨みつけたまま動かない。

「何ぃな、口も聞いてくれへんの?」

 せっかく長期のクリスマス休暇で帰ってきたのに、と口に出しかけてから、違うなと独り言ちて言い変えた。

「子作り休暇にしよ、思て帰ってきたのに」

「なっ…」

 乱菊は振り上げた拳のやり所に困った。公衆の面前で、堂々とイチャイチャしようと口説かれるとは思わなかったからだ。立ち竦む乱菊にギンが一歩近付く。思わず乱菊が一歩下がる、ギンが一歩近付く…歩幅の差で、乱菊はとうとう壁際まで追い詰められてしまった。

「良う顔見せて」

 頬に手を添えられ、次に両目の下に指が触れる。その指が重力に従って下がる。しばらく妙な形で見詰め合ってから、もう一度ギンは乱菊の頬に手を当て、口を開けて、と告げる。

「うん、風邪ひいてへんみたいやな。元気そのもんや」

 その場に居合わせている人をはじめ、トランクの番をしているイヅルからもギンの背中しか見えない。当の二人以外にはラブシーンを繰り広げているようにしか映らないのだ。イヅルは慌てて駆け寄って引き離す。

「続きは家に帰ってからにして下さい!」

「えー…」

 まだ健康診断が済んでいないのに、と唇を尖らせて愚痴を吐くギンをトランクで器用に追いまわし、首まで真っ赤にして無言で俯く乱菊の背を手で押す。

「先輩が掃除してくれてますから!とにかく帰りますよ!…ったく、もう」

「え、なに?檜佐木君も来とんの?」

 嬉しいなぁ、とギンは相好を崩した。今夜の食事が決定した瞬間でもあった。

「ちょっと、ギン!さっきの子作りって…、意味分かってて言ってるの?あたし、まだ仕事…」

 コートの袖を引っ張って不安げに見上げる乱菊の髪を梳き、ギンはにっこり笑った。

「あぁ、あれな。一回ちゃんと話し合わなあかんな、て思て」

 それに、と抱き寄せた乱菊の耳許でギンは悪戯っぽく囁いた。

「今から二週間、はねむーん、とやら愉しみましょ、奥さま?」



2012.12.14〜12.18
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