風日祈宮

□メタリック・ラヴPart.2
3ページ/55ページ


 混雑する本通りや地元民に有名な抜け道も使わず、ギンは乱菊が指定した郊外へ、渋滞に嵌まることなく車体を走らせていく。

 『どうしてナビ要らずなのか、全然分かんない』

 路肩をすり抜けられる二輪と違って、四輪は道路事情に逆らえないという乱菊でさえ認めざるを得ない常識を、ギンはことごとく覆していく。

 『何となく分かるやん、何や混んでそうやな、って?本通りが混んどって駄目やった場合、他のモンが考えそうな抜け道とか選択肢から省いてったら、残ったんが正解。違う?』

 確かに正論だ。正論だが実践して成功するかは一種の賭けになる。その手の賭けは乱菊にとって非常に興味深いが、如何せん安全運転をモットーに走ってきた性が抜けないので出来ないだけだ。

 『その勘、ローリング潰しに行く為に磨いたの?』

 乱菊が視線をギアに落とすと既に6速。此処がまだ街中で、それほど速度が出ていないことを考慮すれば有り得ないギア選択だが、目の前が急に拓けた。軽く後ろへ引っ張られる感覚がしたと同時に、景色の流れる速さが増す。

 『ちょッ!?30km/hオーバー確実じゃないっ!?』

 スピードメーターを確認しなくても、乱菊には法定速度をどれくらい超過しているかが判る。

 『えぇー?道なりに走っとったらタルいだけやん?急がなアカン時に走られへん車は、車て呼ばへんのと違うの?』

 ギンの道なりとは法定速度を指すようだ。一旦停止の標識や信号には従うが、法定速度を守る気は更々ないらしい。

 『寝過ごした時とか緊急オペ入った時とか、間に合わへんなってしまうし』

 普段は流れに乗る程度の速度で走行しているのだ、と笑っている。要するに急に入った手術の要請など、仕事関連で頻繁に違反を重ねている、とギンは暗に仄めかしているのだ。


 そこで乱菊は唐突に真っ黒なカーテンが掛かった部屋を思い出した。夜勤があって当然、目が離せない患者の容態が急変したり、緊急手術などで呼び出されるから、電車が使えない時間帯の移動手段が必要になるし、そういったハードな仕事を終えた後で、辿り着いた一人きりの部屋で泥のように眠る…

 乱菊も独り暮らしだが、身体的にも精神的にもギンの方が辛いのではないか、と運転席の横顔をこっそり窺ってみた。視線は前方に固定したまま、片手ハンドルでドアポケットから缶コーヒーを口元に運んだギンが苦笑した。

 『どないな仕事しとっても、しんどい、辛いなァっちゅうのは同じやないの?…で、取り敢えず言われた場所着いたけど、こっから何処向かったら良ェの?』

 何となく、ではなく確実に主題を逸らされた乱菊だったが、とにかく目的地までは案内しなければならない。気を取り直した乱菊はナビゲーターシートに再び深く沈み込んだ。




次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ