ショート・ショート

□イヅル君ときつねこ
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 学校の帰り、イヅルは何かに惹き寄せられるように、いつもと違う角を曲がった。こっちこっち、と呼ばれるように歩いていくと、一軒の飲食店の通用口の前に出た。
 洋食店だろうか、立派なゴミ箱が三つ、並んでいる。

「……ん?」

 ガタガタ。
 真ん中のゴミ箱の蓋が勢いよく弾け飛んで、中からキツネが飛び出した。口に咥えられているのは残飯。
 呆気にとられるイヅルを一瞬だけ振り返り、「なんだ、ただの人間か」と興味を失ったように通路に着地すると、そのまま駆け出す。途中で、建物の廂から一匹のネコが飛び降り、二匹仲良く並んで走り去っていった。

「こんな街中で、キツネとネコ……子豚、タヌキ、キツネ、ネコ。あぁ、だからキツネとネコか」

 歌ったからといって納得できたわけではないが、童謡の歌詞になるのだから在り得ない組み合わせではないと自分に言い聞かせた。

「……ずいぶん荒んだ目してたから、苦労してるんだろうなぁ」

 ゴミ箱を漁っていたくらいだら、食べるものにも困っているのだろう。
 他狐事、他猫事ながら、イヅルは彼らに同情した。

「ドッグフードかキャットフードくらいだったら買ってあげれるのに」

 そんなに高くないやつ、と言い添えたとき、頭上から小柄な影が降ってきた。

「えっ、ちょっ、どっか行ったんじゃ……!」

 目の前の足元には仁王立ちのキツネ、肩にはネコが乗っていた。
 二匹とも、かなり小さい。子供だろうか。

「あ、あの……もらい物の枇杷があるんだけど、ウチに来るかい?」

 特に足元から見上げてくる子ギツネの無言のプレッシャーに負けて、イヅルは自宅へお誘いしてしまった。

 * *

 イヅルは郊外の小ぢんまりした民家に独り暮らしをしていた。
 幼い頃に犬や猫を拾って帰ると、元いた場所に置いてきなさいと叱られたものだが、今は誰にも咎められない。少し淋しく思い出しながら、固く絞った雑巾を玄関の上がり框に置いた。

「足を拭いて上がってもらえるかな?」

 言葉が通じるわけないか、と苦笑したイヅルの前には、とても渋々と前肢を、次に後肢を雑巾に擦り付けるキツネと、促されてちょんちょん拭くフリをするネコの姿があった。

「あ、ありがとう。そうそう、枇杷だったね」

 喋ってくれたわけではなくても、会話が成り立ったような嬉しさに、イヅルは軽い足取りで台所へ向かった。冷やしておいた枇杷の袋を取り出す……

――ひょいっ

 冷蔵庫を覗き込むイヅルの背中を足場に、肩越しに冷蔵庫の中へ首を伸ばして、キツネがとっておきのハムを咥えて飛び降りる。

「や、やられたーっ!」

 ネコと連れ立って玄関から堂々と出ていくキツネが、イヅルを振り向いて口端を釣り上げたように見えた。


 * *

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