kyogoku .

□呑まれて飲んで
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普段なら静かで趣のある古本屋だが、今晩はちょいとばかり事情が違っていた。
主の友人と知人達がこの家で酒盛りを始めたからである。


「……なぜあなた方はいつもわざわざ下戸の主人のいるこの家で酒を飲み始めるんです……?」

いつもより眉間の皺が濃い本屋が文句を言う。
しかし、随分と飲みすすめ、ぼんやりとなった頭にはどうもとどかないらしい。
刑事はただ短く唸り声をあげただけだし、あの陰気な作家でさえも少し顔をあげただけだ。
あの、うわばみと名高い探偵でさえ「きょ〜ごっく〜うふふ」と奇声に拍車が掛かっている。
ふと時計を見やれば、飲み始めてから3時間目を過ぎようとしていた。



はぁ。

「ん?きょーごくどうした?お前も少しは僕につきあえっ!!!」

京極堂の溜め息をなにと勘違いしたか、榎木津は無理やり酒を飲ませようとした。

「っちょっと……榎さん!僕は呑めませんから!!」

首を振り手を振り、必死に抵抗をする。

「なんでだっ………きょごくはぁ…ぼくがきらぃなんだッ!ばかきょっごく!!」

もはや呂律も回っていない言いがかり。

それでもやっぱり傷ついて、全力で否定しようとしてしまう僕はもう末期なのだろう……か。
そう思いながら気儘な飼い猫へ目を遣る。あいつはただみゃぁんと気のない返事をして夜の静寂へと帰っていった。
もう一度顔を戻すと、先程と変わらず、とろぉんと此方を見上げる二つの眼。


年上に対して、可愛いなんて不謹慎なことを思ってしまったのは、


きっと酒の香に呑まれたからだ。














翌朝、猫が帰ってきた時にみたものは、
二人の男の残骸と転がった徳利大瓶お猪口の類い、そして抱き枕にされながらすやすや眠る主人の姿だった。



みゃぁおん―


宴の跡に鳴き声がこだまする。





サテ、ノマレタノハ
ドチラノホウカ。




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