(分かりにくいけど、ちゃんと恋していたの)
「上手くいっているようですわね…」
報道は連日、行政特区日本のニュースで持ち切りだった。
桐原老人が持ってきた新聞を広げて、そこに写る平和の皇女さまと元婚約者の姿に、皇神楽耶は穏やかに翡翠色の瞳を細める。
それには桐原老人も多少動揺したらしいが、彼は慌てた様子は見せず、「開会式典には参加するように」と、言葉少なに言い残して、その場を去った。
そして彼の姿が完全に消えてしまってから、神楽耶は、ふ、と笑うと、
「馬鹿にしてくれる」
と、幼い頃の口調で、写真を睨み付けた。
…枢木スザク。
従兄弟で、神楽耶の婚約者だった男。
どんなわがままも、スザクだけはいつも聞いてくれた。
真冬に水風船を投げ付けても、決して叱り付けたりはせず、「危ないぞ」と笑ってたしなめてくれた、三つ年上の婚約者。
そのスザクは、父親のゲンブの死後、突然姿を消してしまった。
気が狂う思いでようやく捜し当てたとき、彼はもう、神楽耶の知っている乱暴な、けれど優しい従兄弟ではなくなっていた。
『神楽耶はキョウトに帰るんだ。僕は…名誉ブリタニア人になる』
だからお別れだ、と、さっと顔を背けた彼は、神楽耶の知らない少年に変わってしまっていた。
神楽耶が癇癪を起こして、喚き散らしても、華奢な両手で殴り付けて泣きじゃくっても、スザクは振り返ることなく、日本人としての誇りを呆気なく捨ててしまった。
優しげなスザクの風貌には似合わない、あの無骨な軍服を身に纏っている。
それ以来、神楽耶はスザクとは会っていなかった。
否、周囲の大人たちの手によって、神楽耶は社会から断絶され、キョウト六家は日本人の誇りを捨てたスザクと関わりを持つことはなかった。
けれど、スザクがクロヴィス・ラ・ブリタニア皇子の暗殺犯として捕まって、その直後、あのピンクのお姫様の騎士に指名されたとき、神楽耶はすぐに直感した。
誰にも心を開かなかった神楽耶だけのスザク。
きっと、スザクはあのお姫様に…。
そこで神楽耶様、と、控えめに呼ぶ侍女の声。
「神楽耶様……、桐原様が早くお車にと」
「……分かっておる」
す、す、と、着物の裾を引きながら、神楽耶は考える。
二人きりのあの庭で、スザクは神楽耶だけのものだった。自分以外の誰のものでもない、と、本気で思った少女時代。
考えるたび、神楽耶の心の中はざわついた。これが嫉妬だなんて、思わない。
国を裏切った男に未練だなんて、神楽耶の矜持が許さなかった。けれど。
(神楽耶!)
あの夏、あの空の下で、両手を振って笑う、年上の従兄弟。
彼のすべては自分のものだと本気で思った。そうだ、神楽耶は。
(ちゃんと、恋していた)
なんだ、あの女みたいに愛せば良かったのか。
END
スザク×神楽耶
日記にあったものを編集してupしました。
ドラマCDの二人のやり取りを聞くと、もっと違う結末はなかったのかなあと考えてしまいます。切ない二人ですね。