first
「また、新しい人か」
「あ、ルルーシュ」
彼女が去った後、後ろから声を掛けた俺に、スザクは振り向いて笑顔を向けた。
〜金木犀〜
俺はズカズカと正面に立ち、乱暴にスザクの唇を拳で拭った。
「口紅ついてる。…はしたない」
「あは、見られちゃった?」
スザクはへらりと笑った。
「お前この前の娘はどうしたんだ?」
「うーん…、飽きちゃった」
「…全く、いい気なものだな」
少し冷たくなった風に、並んで歩き出した俺達の脇で、気の早い落葉が遠慮がちに舞った。
家の前でスザクと分かれ、その背中を見送りながら、俺は先程あいつの唇を拭った指に静かに口付けて瞳を閉じた。
スザクはずっと女を取っ換え引っ換えしている。
確かに一番最初の女の時は、目を腫らす迄泣いた。
それでも今こんなに落ち着いていられるのは、スザクが本気じゃないと知っているから。
麻痺してしまえば、そう辛い事でも無い。
どうせ性欲処理の相手だろ?
…性欲処理の相手にもされない俺よりは幾分かマシなのかも知れないが。
何で俺、女じゃ無いんだ?
…違う、何で俺は男を好きになってしまったんだろう。
それも、こんなに真剣に。
馬鹿みたいだ。
…馬鹿みたいに好きなんだ。
スザク…。
ジッパーを寛げると、それは既に先端を湿らせていた。
きゅっ、と握り、擦り上げると甘い痺れが拡がった。
『ルルーシュ、おはよう』
頭の中でスザクの声を反芻させる。
『生徒会室?一緒に行こうよ』
差し出された手を思い出す。
俺の手より陽に焼けた色をしていて、少し大きいから、今絡めている俺の指よりしっかりしていて、一寸硬くて、爪も面積が広く、平べったい。
節くれ立ってはいるけど、真っ直ぐ長くて…。
何時も見ているだけあって、鮮明に思い出せる。
…あぁ、あれと指を絡め合わせる事が出来たら…。
「んん……っ」
一際大きく鳴った鼓動が胸の甘酸っぱい物を罅ぜると、それは躯を巡り、目許でふわりと霧散した。
『ルルーシュ』
『ルルーシュ…』
甘い笑顔をいつも独占出来たら。
力強く抱き締めてくれたら。
…さて、俺はどんなに満たされる事だろう。
「……く…」
もっと…。
もっとだ。
もっと俺に触って…。
お前の熱を、鼓動を、呼吸を、全て俺に分けて…。
俺は何時だって全部あげるよ。
心も身体も全てお前に捧げる。
お前の為なら投げ出せる。
俺の限界を、あげるから…。
だから、お願い、スザク…。
…スザク、ごめん。
こんな穢い俺を許して―…。
思わず固まってしまった。
仕方無い。
現在、一番関心の有る話題だ。
ミレイのその言葉を聞いた時、自分の息を吸い込む音さえ聞こえた様な気がした。
「ねぇ、スザク君さぁ…、何で沢山の女の子と付き合ってるの?」
「え…、何でと聞かれても…」
スザクが何時もの愛想笑いを浮かべる。
俺は生徒会室の机の隅で、その斜めの対岸の椅子に座って作業するスザクと、その机上に広げられた資料の直ぐ隣に腰掛けるミレイに意識され無い様、努めた。
呼吸は不自然になってはいまいか、煩い程の心音は正か聞き取られてはいまいか。
そうで無くても気が気では無いと云うのに。
「あんたがモテるのは良く分かるわ。…でも、そうやって遊びたい訳じゃ無いんでしょ?だって満足して無いものね?」
「………あはっ。やっぱり会長の目は誤魔化せ無いなぁ」
…正かスザクからそんな言葉が出るとは。
「…俺、実は好きな人が居るんですよ。本気で好きな人が」
…何?
何だと、スザク。
知らない。
俺はそんな話聞いた事無い…!
「でもね、多分その人には手が届か無くって…」
…あぁ、分かった。
ユーフェミアの事か。
それは幾ら昇格したからと言っても、騎士の立場、挙句名誉ブリタニア人とあっては、ブリタニアの皇女に等死んでも手は届くまい。
…心臓が、痛い。
こんな物理的な痛みを持つとは。
「嫌だな、格好悪いでしょう?」
「…純粋なんだか。…あたしも慰めてあげよっか?」
「え…?」
「…馬鹿ね、冗談よ。あたしにだって居るんだから。でもあたしも自由に恋愛なんか出来る立場じゃあ無いから…」
「会…」
気付いた時には席を発って、扉の外迄出ていた。
…これ以上、俺には聞くに堪えない。
「ルルーシュっ!?」