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うそだろ…!?

ついさっきまで隣に…。

しかし、このいつはぐれてもおかしくないような人混みの中で、迂闊にしていたのだから、自業自得と言えばそれまでである。

あぁ、俺が下世話な事考えてたからだ…!

何て間抜けな…っ。

スザクが激しく後悔の念に苛まれながら辺りを必死に見渡している時だった。

数メートル後ろにルルーシュを見付ける事に成功する。

簡単に見付けられたのは他でも無い、浴衣やら甚平やらを着た大勢の男共に囲まれて、ちょっとした人だかりが出来ていたからだ。

何か言い寄られたり、腕を捕まれて連れて行かれそうになったりしているようだ。

…ちょっと離れるとすぐこれだ。

だからルルーシュって絶対に放って置けないんだよな…。

「ルルーシュッ!!」

急いで向かいながら必死に呼ぶと、ルルーシュがこちらに気付いた。

「スザク…っ」

ルルーシュがほっとしたような笑顔を見せる。

あぁ…、周りにいるちょっかい掛けてた奴ら全員ぶっ飛ばしたい…。

…でも今はルルーシュの無事が最優先。

「…おい」

ルルーシュの目の前まで辿り着いたところで、呼び止められる。

それは決して友好的では無かった。

「今、俺達がこの娘と喋ってんの。いきなり来て何だよお前」

柄の悪い連中に乱暴に掛けられた言葉に怒りが爆発しそうになったが、既のところで押し留まり、無視する。

「ルルーシュ、大丈夫…?」

「ん…うん…」

ルルーシュは明らかにスザクの背後を気にして怯えている。

「…オイ聞いてんのか。生意気にしてっと…」

一人がスザクの肩に手を掛けた。

瞬間、スザクはその手を掴み捻り上げて自分の肩から離した。

腕の持ち主は声にならない悲鳴を上げる。

スザクは首だけで振り返った。

「…ねぇ、君達それ本気で言ってるの…?」

スザクの超越した手捌きと静かだが深い怒りを込めた口調から、気迫だけで気圧された男達は、決まり悪そうにすごすごと散っていった。

スザクは溜め息を吐いた。

…取り敢えず大事になるのは避けられて良かった。

すると、いつの間にか集まっていた観衆からからぱらぱらと拍手が湧く。

「うわ、困るな…、ルルーシュ、逃げよっか」

唖然として固まったままのルルーシュの腕を掴み、スザクは人混みに紛れた。

「ルルーシュごめんね。怖い思いさせちゃったかな…」

一瞬怒りで我を忘れそうになったからな…。

…駄目だな、ルルーシュが絡むといつもこうだ。

「…まさか何もされて無いよね?」

スザクはルルーシュの顔を心配そうに覗き込んだ。

ルルーシュは静かにコクリと頷いた。

「大丈夫…。ちょっとびっくりした、だけ…。スザク…、助けてくれてありがとう…。…嬉しかった」

そこまで言って、ルルーシュはやっと小さく微笑んだ。

スザクも応えるようにして、安心した笑みを浮かべた。

「…危ないから手、…繋いでよっか」

ルルーシュはまた頷いて、そう言って差し出された大きな手をきゅっと握る。

ルルーシュは先程とは違う意味で鼓動が速くなるのを感じた。

しかし、更にそれが速くなると分かっていて、自らおずおずと細い指を絡める。

スザクが何か言い掛けてこちらを向いたが、どういう表情をすれば良いのか分からず、顔を伏せた。

徐にスザクの足が進んだので、着いていく。


…不思議。

スザクと近くに居れば居る程、触れれば触れる程、…って言っても殆ど触った事は無いけれど、…ドキドキする。

……でも、同じ位安心する。

…ずっと昔から。

きっとこんなの他の人じゃ絶対に無理だね。

スザクじゃないと…。

指の間の熱が共有されていく。

と、ルルーシュはいきなり足を止めた。

手を繋いでいたスザクが驚き、何があったのかと振り返る。

「ちょっと…、待って…っ!」

ルルーシュは必死な顔で伝えたが、その声は周囲の喧騒によって掻き消されてしまう。

「ルルーシュ?…ごめん、聞こえない」

スザクが耳を近付けてくる。

ルルーシュは少しだけ逡巡したが、すぐに意を決してスザクの耳に唇を寄せた。

「あの…、…帯が…取れちゃいそう…っ」

耳に直接、泣きそうな声で囁かれた言葉とそのくすぐったさに、スザクは心の中で、ルルーシュには悪いと思いながらも、歓喜しながら白旗を振り回した。

…ルルーシュ、…それは反則だああぁっ!!





ルルーシュは出来るだけ人通りの少ない茂みに入った。

辺りはすっかり暗くなった上、照明の裏側なので、薄暗い。

幼い頃には、着付けを得意とするスザクの母に世話をしてもらっていたので、実質一人で和服を着るのは、ルルーシュにとって初めての経験だった。

記憶を頼りに挑戦したが、やはり難しく、何度もスザクに頼もうかとも思ったが、やはりそれは出来なかった。

しかし今はそうも言っていられない。

「…スザク、ごめん、これ…やってくれる?本当は…着方がよく分からなくって…」

は…恥ずかしい…っ。

ルルーシュは木陰から顔を覗かせ、外側で周りを見張るように立っていたスザクに、恥じらいながら帯の端を持って見せた。

「あ…、うん…」

少し顔を伏せながら答えたスザクは、母より着付けを習っていて、家柄や環境のせいで、和服を着る機会が多く、幼少の頃から一人で着ていた。

母を見ていた為、女性の物もこなす事が出来る。

「あ…、じゃあ一回帯外すよ?」

「…うん…」

スザクはシュルシュルと、慣れた手付きでルルーシュの帯を解いていく。


…こっ、これは違うぞ…!!

不可抗力というか、ルルーシュから頼んできた訳だし!

…でもこの状況で興奮しない男はいないって…。

………。

「…ルルーシュ、後ろ向いて?後ろから着せて見ないようにするから」

スザクはルルーシュが小刻みに震えている事に気付いてそう声を掛けた。

「ん……」


…ルルーシュが嫌がる事だけは絶対にしたくない。


スザクはルルーシュの背中から腕を回し、手際良く着せていく。

間違っても身体に触れないように細心の注意を払いながら。

…やば、心臓飛び出そう…。

「帯の下にタオルとか巻かなきゃいけないんだよ。特にルルーシュは細いんだから」

「…そ、そうなの…?」

緊張しきった声で応えたルルーシュの耳とうなじが赤く染まっている。


…す…スザクの腕が身体の周りを行ったり来たりしてる…っ。

心許無い格好でそんな事をされては、恥ずかしさに身が震える。

その上、体勢上、声が直接耳に響く度、首を竦めたいような感覚に襲われる。

…耳が赤いのバレてるんだろうな…。

早鐘の様に打ち続ける胸を押さえたくも、両手は全てを曝け出すような格好に広げていなくてはならない。

「……恥ずか…し…っ」

「…っ!?」

スザクの心臓がドキンと締め付けられる。

いっその事ルルーシュを抱き締めてしまいたかった。

「あ…、ごめん、何でも無い…っ」

…何言ってるの、私…!

思った事つい口から出ちゃったよ…。

「も…っ、もうちょっとで終わるから!!」

そう言ってスザクは慌ててギュッと帯を締め付ける。

「ぁっ……」

「……っ!?」

ルルーシュの口から苦し気な声が小さく漏れた。

「ん…っ、スザク…、きつ…い…っ」

「うわ…っごっ、ごめん…っ」

ルルーシュ…!

わざと?

わざとだろ…!?


こんなに盛んに誘惑してくるのを振り切って我慢してる俺って凄いよね!?

「…お…、終わったよ…」

「…ありがとう…」

全て終わった頃には、二人共神経の磨り減らし過ぎですっかり疲弊していた。





それでも様々な夜店に入っては、何かを食したり、遊んだりして祭を満喫した。

勿論移動中はずっと手を繋いだまま。

「……っ」

雑踏の中で、再びルルーシュの足が止まり掛ける。

浴衣はさっき俺が着せたから、緩む訳無いよな…?

「ルルーシュ?」

スザクは不思議そうに振り返った。

「あ…、何でも無いの」

スザクはルルーシュの笑顔の隅に、不自然さを見出だす。

「…嘘だ。何か無理してるだろ」

「べ…っ、別に…っ」

「いいからこっち来て」

尚も言い張るルルーシュを、スザクは人通りの少ない道に連れ出した。

「…やっぱり、足…」

「………」

ルルーシュは鼻緒で擦れて痛々しく腫れ上がっている指をスザクに見られ、決まりが悪そうにする。

「…何で我慢しようとしたの?…こんなに真っ赤になってるのに…。大丈夫?」

石垣に座らせたルルーシュの足元にスザクは屈み、労し気な目線を送る。

「だ…大丈夫だよ…」

「ルルーシュ…?」

スザクはルルーシュを促した。

「…ごめん、ね?」

「え…?」

思いがけない言葉にスザクは動揺する。

「…折角スザクが誘ってくれたのに私、ずっと迷惑掛けてばっかりで…っ」

「迷惑…?とんでもないよ、ルルーシュ!」

何だ、そんな事を気にしていたのか。

「俺は、ルルーシュが俺を頼ってくれて嬉しいよ?それにいつも迷惑掛けてるのは俺の方だし…」

「…でも迷惑でしょ?」

「迷惑じゃないよ」

「何で」

「それは…まだ言えないけど…。とにかくルルーシュのする事は俺にとって迷惑にならないの!」

スザクが必死になって主張すると、ルルーシュは泣き笑いのような表情になった。

「…ありがとう」

…優しいね、スザク。



「…帰ろっか」

スザクは穏やかな笑みを浮かべて言った。

自分が運んで帰るというスザクの申し出をルルーシュは最初は断ったが、最終的には折れた。

そうしてスザクが所謂お姫様抱っこをしようとしたが、余りに近距離で見つめ合う事になるので、それは自然に破棄され、おんぶに落ち着いた。

しかしルルーシュはスザクの背中に跨る際、浴衣の裾を思い切り割らなければならなかった。

これ…太ももまで出ちゃうよ…っ。

スザクはルルーシュの膝の裏に直接手を差し入れた。

目の前にスザクの背中がある。

ずっと望んでいた物だ。

ルルーシュは思い切ってきゅっと抱き付いた。

…スザクの匂いがする…。

…暖かくてドキドキするけど、…やっぱり落ち着くんだよね…。


「…じゃあ、進むね」

スザクは告げて、歩き出した。

…おんぶはおんぶで、結構……。

生足際どいし、ぎゅって抱き付いてくるから、…背中に柔らかい物が…ッ!!

自然と顔が緩む。


その内、ルルーシュはスザクの背中の上で寝てしまった。

「…無防備だなぁ…」

少しスザクは嬉しそうだが、複雑な様子で、小さな声で呟いた。

首筋を幾度も撫でるルルーシュの寝息がくすぐったい。

…そんなに無防備で、そのくせ凄い煽ってきて、…君って奴は…。

と、ドン、と大きな音が響いた。

「あ…、花火…」

真っ黒い空に次々と色鮮やかな光の花々が描かれていく。

「…綺麗だねぇ…」

ルルーシュも、目覚めたのか、うっとりと呟いた。

一瞬全てを消してしまうような花火の音が、心地好く心臓に響く。

「スザクぅ…、今日はありがと…」

ルルーシュはまだ寝起きで少し舌足らずな声で、スザクの背中に頭を寄せて告げた。

「…こちらこそ。楽しかったよ、ルルーシュ、ありがとう」

その言葉を聞いてルルーシュは幸せそうな笑みを零すと、再びスザクの背中にきゅっと抱き付き微睡み始めた。

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