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スザクが、保健室に来なくなった。
まあ、テスト五日前からの事で、普通と言えば至って普通の事ではあるのだが。
しかしそれは、付き合い始めて、…いや、付き合う前からも含めて、今まで一度も無い事だった。
そんなに俺の事を名前で呼びたいのだろうか?
あの性欲魔神の事だから、てっきりそういう『ご褒美』を望むものだと思っていた。
そして、それの為に頑張る事ならするだろうとも。
だからスザクの望んだ『ご褒美』に内心驚いているのが事実だ。
…それとももう俺に飽きた?
……だから、そうなっても良いように、頑なに名前で呼ぶ事を許さなかったんだろうが…。
とにかくスザクが勉強に励んでいるんなら、万々歳じゃないか。
…寂しく等…ない……断じて…。
「……くそっ…」
仕事だ、仕事!
今は勤務中だ。
謂われの無い苛立ちを揉み消す為に、パソコンに向かった。
もしスザクが赤点を取ったら、更に一ヶ月は、恋人としては会えない。
…たった数日でこの様だ。
本当にそうなってしまったら、俺は…。
「…あぁ、これは捻挫だな」
俺は体育の授業で捻ったという女子生徒の足首を丁寧に扱いつつ、そう告げた。
「……先生…」
その生徒の余りに神妙な声に、俺は患部に処置を施す手を止めそうになった。
「…大丈夫だ。この程度なら全治までそう時間はかからないだろう」
「違うんです、私……」
終業のチャイムが鳴り響いた。
「先生の事が、…好きなんです」
『先生』
『好きだよ、先生の事が…』
不意に涙が滲みそうになった。
あの馬鹿、一体どこで何をしていると言うんだ…!
もうテストは終わったじゃないか!!
…何で来てくれないんだ。
「…ありがとう。そう言ってもらえると、仕事のやりがいがあるよ」
俺は処置を終えて生徒に向き直った。
「違っ…、先生、私の事…」
「私は、この学園の生徒は皆…」
…何か少しずつ大きくなっている音が聞こえる。
「愛してい…」
扉が壊れるんじゃないかという位の勢いで開いた。
「…何言ってんの、先生……」
「スザク…!」
扉に寄りかかって、不機嫌そうな顔を露にしている。
…一週間ぶりだった。
「あ…、私帰ります、ありがとうございました…」
女子生徒は消え入るような声でそう告げると、ひょこひょこと歩いていった。
「あ、君…」
危なっかしかったので、追いかけようとすると、スザクに阻止されると同時に、その生徒も遠慮したので、俺は留まった。
途端、スザクが顔を近付けて詰問してくる。
「…先生。何、愛してるって。俺がちょっと来なかったら、女子高生と浮気するの?…確かにちょっと可愛いからって……」
ぴしゃりとスザクの頬を打つ弱々し気な音が響いた。
「ばか…っ!ほっ、他の女に可愛いとか言うな…っ!!」
「先生…」
涙目で言い放った俺に、スザクの険が一瞬にして消えた。
「…先生、俺ん家行くよ」
スザクが俺の手を引く。
一週間ぶりのスザクの手に胸が高鳴った。
「えっ、でもまだ時間が…」
「もう授業は終わったし、先生は今日早退」