1
「ん…んんっ、…っ」
「せんせ…っ」
湿った音と荒い息遣い、そして堪えきれず漏れた、くぐもった喘ぎ声が響く。
「すざく……っ」
「先生…。………ルル、ッ痛!」
スザクは情けない顔でつねられた頬を擦る。
「…先生〜……」
恨めし気に見つめても、それまでの甘い雰囲気をぶち壊した張本人は知らん顔だ。
スザクは、限界を訴える身体を突き抜ける衝動に負け、諦めた溜め息を吐いてから律動を再開した。
薄暗闇の自室のベッドの上でルルーシュは膝を抱え空を見つめた。
隣を見れば、つい先程愛を確認し合ったばかりの恋人が、ぐっすりと眠っている。
ルルーシュは浮かない顔でその前髪を優しく掬い上げた。
〜愛に効くクスリ〜
「やっぱり……!」
俺は、誰もいない俺のテリトリー、保健室でパソコンの画面を前に、唖然として呟いた。
この部屋のパソコンから、学園のサーバーにアクセスし、生徒の成績を閲覧した。
別に悪い事ではない。
何故なら俺は歴としたこの学園の教師だからだ。
…今の時期、それを見る必要が業務上は無かったとしてもだ。
俺はウィンドウを閉じ、頬杖を着いて溜め息を吐いた。
枢木スザク、成績最悪。
そうなのではないかと思っていた。
元来勉学に勤しむべき高校生が、恋愛等にかまけている暇がある訳が無い。
…スザクの成績が悪いのは、俺のせいだ。
元々教師と生徒という立場で、しかも相手は未成年で、同性。
そんな相手と恋愛関係で、今では互いに自宅に呼んだりもするようになった。
どう考えても道を踏み外し過ぎている。
俺に至っては、犯罪者だ。
…それでも好きだとか、自分でも大した馬鹿だとは思うが、スザクの人生の邪魔だけはしたくないと思っていた。
サッと目を通しただけで頭に焼き付いてしまった、末期的な数字の数々が蘇る。
…俺、どう考えても完全に邪魔だ。
泣きたい気分をもう数知れない溜め息に託して放った。
「せーんせっ」
放課後、例の如くスザクが保健室に顔を出す。
「スザク……」
俺はゆっくりと振り返った。
「…先生?どうしたの、どこか調子悪いの?」
スザクが心配そうな様子で駆け寄ってくる。
「スザク…、お前……」
「うん……」
じっと見つめると、スザクも真剣な表情で先を促した。
「勉強しろ」
「………は?」
俺は間抜けな顔で小首を傾げたスザクに身を翻した。
「…お前の成績悪くなったの、俺に付き合ってるからだろ?」
「え……?」
落ち着け。
子供にいらない動揺を悟られるな。
ルルーシュ、お前は分別のある大人だろう…?
俺は目頭に力を入れた。
「俺の事は、大丈夫だから、自分の人生を大切に……」
「ちょっと待って!!」
俺が言い終わる前にスザクが後ろからがばっと抱き付いてきた。
「先生何か勘違いしてる…」
耳の後ろで囁かれる。
「俺が成績悪いのも、勉強しないのも、……元々だよ?」
あっけらかんと告げられた言葉に、自分の感情が沸点を超えるのが感じられた。
「馬鹿かお前は──ッ!!!!今すぐ帰れ!!そして勉強しろ!!!」
俺がどれだけ悩んだと思って…!
「わあ痛いっ!せんせっ、痛っ!最近ちょっと暴力的じゃない?」
無茶苦茶に繰り出される俺の攻撃を、スザクは腕で受け止める。
「スザク!」
俺は手を止め、鼻息も荒く、スザクに向き直った。
「はい!」
スザクも敬礼して答える。
「次のテストで全部平均を越えろ!」
「えっ!?いくら何でもそれは…」
「…出来ないのか?」
というか、これでも赤点ばかりのお前の為にランクを下げてやっているんだぞ。
本来ならば、学年十位以内と言いたいところだ。
俺が睨むとスザクは困った顔で見つめてきた。
「…じゃあ先生、ご褒美くれる?先生がご褒美くれるんなら俺頑張れる気がする」
「…ご褒美…?ってどんな」
「そうだな……」
スザクは少し悩んだ後、笑ってはいるが、真剣な眼差しで俺の顔を見つめてきた。
「…先生の事、名前で呼ばせて」
一瞬不意を突かれた顔になったのが、自分でも分かった。
「……いいだろう。その代わり赤点取ったら一ヶ月保健室の出入り禁止するからな」
「え───ッ!?」
「先生ー、ここ分かんないー」
「ん?ああ…だからそこはこの公式だと言っただろ」
とは言ったものの、スザクが俺に勉強を聞きに来るので、余り状況は変わっていない気もするが。
「ていうかお前、そんなの教科担任に聞きに行け」
「えー。だって先生と一緒にいたいし、寧ろ先生の方が解りやすいし、…てか先生何でそんなオールマイティーに高校の勉強が出来るの…?」
「…お前は俺を舐めているのか。そんな事より約束は覚えているんだろうな」
俺が問い掛けると、スザクも挑戦的な笑みを返してきた。
「先生こそ、忘れないでね」
「だからお前は俺を舐めてるのか!?」
この俺がついこの間の事を忘れる訳がないだろう!
………あんな重要な約束…。