〜君のためにたとえ世界を失うことがあろうとも〜













──君のためにたとえ世界を失うことがあろうとも──





空は快晴。

ルルーシュが予定通り皇帝に就任して、自分の周りにはルルーシュとC.C.とギアスの奴隷だけで、此処に居る間は、嘘みたいに静かな時間が流れる。

それは降り注ぐ陽光が閑かだと言えなくも無い程で。

日が経つに連れて自分達に憎悪が集まってくるのにも関わらず。


ルルーシュは死を目前にして、穏やかだ。

この空気はそのせいかも知れない。

ナナリーが生きている事を知って、生きる目的だった筈のものを見つけて、毅然としていられる。

彼は死が恐くはないのだろうか。


「スザク」

この声を自分は後何度聞けるのだろう。

「また此処に居たのか。…この庭は、……学園のルーフトップガーデンに少し似ているな」

過去を懐かしむような遠い目。

それも、どれも、目許に優しさを湛えている。


…どうして。

「…スザク?………また悩んでいたのか」

「君は……」

言い掛けて止めた。

どうにもならない事なんて、彼が一番分かっている筈だ。

それに、自分はルルーシュの弱さを断つ剣にならなくてはならない。

彼は自分より余程強いのではないかと思えてならないが。

自ら決心を覆させるような事をしてどうする。


ナナリーが生きている事を知った時、自分だってルルーシュに劣らず、或いはルルーシュ以上に動揺して、焦りの中で務めを全うしようと、つい乱暴になってしまった事もある。

余裕なんて欠片も無かった。

自身に迷いが在って、他人の迷いがどうして断ち切れよう。


あの時以来、自分とは違って、ルルーシュは決して揺らがない。

昔からそうだった。

出会った頃からルルーシュは何にも屈したりはしなかった。

彼等に会う前の自分はと言えば、悪を憎んではいたものの、それこそ恵まれた立場や腕力の上に胡坐をかいていただけだったかも知れない。


ルルーシュが一歩こちらに踏み出した。

「スザク、大丈夫だ。全て上手くいく」


もう自分達は分かり合えないものだとばかり思っていた。

ルルーシュが完全に変わってしまったと思っていたから。

けれど、強い光は変わらず、今もその瞳に宿ったままだ。

ギアス等に侵されない程の強い輝きの光が。


自分も一歩踏み出し、ルルーシュの方頬に手を添えた。

今はまだ在る感触を確かめる。


「スザク、俺はお前に生きて欲しかったんだ」

眼を真っ直ぐ見つめられる。

ルルーシュの頬に触れた手に、手が重ねられた。

「結果としては捻じ曲げる事になってしまったが、俺はお前に自分の意志で生きるという行為にあたって欲しかった。そう願って、…だからギアスをかけた。…矛盾、しているな」





自分の意志で生きる事、それが真に『生きる』という事。





自分は果たしてあの日から『生きた』事はあっただろうか?

自分への罰として差別を甘んじ、命令されるまま動いて、あろう事か死を望む。


「…確かに、俺は君のギアスで死ねない。でも、俺は今、自分の意志で君と行く事を選んで此処にいる」


今、自分は『生きて』いる。



あぁ、生きたい。

ルルーシュと生きたい。


気付くのが遅過ぎた。

残された時間は余りに少ない。


今触れているこの温もりが無くなってしまうなんて。

自分の手で消さなければならないなんて。

死は、その人の感触も、熱も、声も、感情も、織り成す空気も、存在を何一つ残さず自分から取り上げる。


結局自分は何も護れやしなかった。

手段や過程を尊重したと言っても、そんなものは言い訳に過ぎない。

折角ルルーシュの騎士になれたというのに、殺す為に護らなければならないとは、何という皮肉だろう。

自分は何度大切なものを失えば気が済む?

何度あの悲しみを味わえばいい?


「…スザク、ありがとう。俺と生きてくれて、ありがとう……」

「………ルルーシュ」

「……誰に理解されずに死んでも、お前が解ってくれるなら…」



今、見逃さなかった。

ずっと、穏やかな笑顔しか浮かべなかったルルーシュの表情が一瞬泣きそうに歪んだのを。

堪えて涙を浮かべないようにしているのを。


『彼は死が恐くないのだろうか』



…知っていたのに。

ルルーシュには強がる事しか出来ない事。


大丈夫だと、その力強い言葉を自身に向けて言い聞かせていた事。



…甘えてはいけない。

それならば自分だって迷いを隠してでも、ルルーシュの剣にならなければ。





果たしてこの世に強い人間等存在するのだろうか?





せめてそう、ゼロレクイエム迄。


ルルーシュを抱き締める腕に決意と共に、力を込めた。















その日も空は快晴。



君が愛し、幸せを願う世界中の人々の憎悪の中で。





仮面越しの頬に触れる君の指。



凭れかかる君の重さと体温。



最後の感触を全ての神経を集中させて感じる。



記憶する。



ルルーシュという存在を焼き付ける。




触れているのに、遠くなっていくのが分かる。






この日迄と押し殺していた感情が、涙と共に留まる事を知らず溢れ出す。









──君のためにたとえ世界を失うことがあろうとも世界のために君を失いたくない──









その死さえ望んだ事のある身でありながら、今となっては、生きていてくれるだけでもいいと願うのは勝手だろうか。









ああ、生きたい。





君と生きたかった…!!










これからは、君とは同じ時間を歩めない。

けれどこの『生』は君から託されたものだから。






何百年、何千年、もっと先でもいい。



いつかまた逢えるのなら。




ねぇ、きっと逢えると約束してくれ、ルルーシュ。

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