☆U☆

□ありえねまりあーじゅ
1ページ/3ページ



階段を、登る音が聞こえたら急いで玄関へと走る


立ち止まる音と共にドアを開けば

「ただいま」の言葉よりも早くブン太の挙が私の顔面に食らい付いた



鈍い、脳まで響く鉄臭い痛み

潰れてしまいそうになった眼球から涙が零れる

砕けるような感覚に鼻を押さえて「おかえりなさい」と頭を下げると「小せぇんだよ」と肩を押された



どん、と薄い壁に肩を打ち付ける

痣になった部分が壁に当たり、思わず顔をしかめる

いつも、この壁が壊れてしまわないかということだけが気がかりだった

(修理費、いくら大家さんに払えばいいんだろう)



幸い、鼻血は出ていない

涙を拭って台所に入るとブン太はテーブルの上の夕飯を物色していた

今日のメニューは

ご飯と焼き鮭

おひたしとたまごどうふ、そしてお味噌汁




「今日はね、お味噌汁のだしをいつもと変えてみたんだよ」



笑顔を張り付けながら声のトーンを明るくする

そう、今日はきちんとだしから取ったのだ

(普段はだし入りの味噌を使うのに)



温めようとガスコンロのつまみに手を伸ばすと

あるべき場所に味噌汁の入った鍋がないのに気付く

振り返った時には既に遅く

ブン太がいつの間にか手に持ったそれを私の頭上で傾けた



蓋が外れてかつん、と間抜けな音を立てて頭から床に落ちる

そして泥水色の生暖かな液体が頭から浴びせられた

ほんの一瞬の出来事なのに髪を濡らして落ちていく水滴の動きが

やけにスローモーションに映って見えた




「何でダシ取ったんだよぃ」



空になった鍋を投げ付けながらブン太が聞く




「にぼしとかつおぶしだよ」




右のくるぶしに鍋が当たる





「それってうめーの?」





ブン太はじっと私の目を見詰めてくる

中学生時代、目が合うだけで嬉しかった事を思い出してなんだか可笑しくなる

(彼の目はもうあの頃の輝きを失っているというのに)



「味見の段階ではそれなりに」



「ふーん…」




そこまで言うとブン太は何か考え込むように黙ってしまった

遠目で見るその姿はあの頃と何も変わらないかの様に思えるのに

どうしてこんなことになってしまったのだろう

無駄とわかっていても

今でもそう、考えてしまう
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ