SS-葛葉-

□禁忌
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ライドウが怪我をした。前方の悪魔に気を取られ、背後からの攻撃に反応が遅れた。致命傷に至らなかったのは流石十四代目と言ったところか。傷は浅いが出血が酷く、探偵社に辿り着いたと同時に意識を失った。物音を聞きつけ出てきた鳴海の反応は素早く、學生服を真っ赤に染め、倒れたライドウを抱きかかえ業魔殿へ駆け出した。
治療を終えたライドウは、自室で死んだように眠っている。ヴィクトルの話では暫く安静にしていれば大丈夫とのことだ。一方、鳴海はというとテキパキとライドウの血で染まった學生服と自分のベストを洗っている。これには驚いた。動揺して取り乱すと思っていた。



おかしい。あれから結構経ったはずなのに鳴海が戻ってこない。不審に思い、様子を見に行ってみると鳴海は洗面所で蹲っていた。


「ゴウトちゃん。少し話を聞いてくれないか。」

いきなり話しかけられた。いつもならお断りだが、見ているほうが痛々しく感じる鳴海の作り笑いがそうはさせてくれなかった。鳴海に近づくと膝に抱き上げられる。沈黙ののち鳴海はポツポツと話し出した。



「俺は昔、陸軍の密偵だった。でもそこで一握りの人間の都合で世の中が動かされていることを知ってしまった。何も信じられなくなったんだよ。人を使い捨てする組織というものが嫌になった。」

鳴海は無表情で話している。我は黙って聞いていることにした。


「組織が嫌になって軍を抜けたのに、気付けばまたヤタガラスという組織に属している。まだ十代の青年を便利な道具のように扱使う組織にだ。笑っちまうだろ?」

『………。』

「何故ライドウが傷つかなきゃならない!?何故ライドウがこんな重荷を背負わなければならない!?偉そうに指示するだけのヤタガラスなんか嫌いだ!!ライドウに帝都守護を命じた葛葉も嫌いだ!!全部無くなっちまえばいい!!」

ドンッと鈍い音がし、床を鮮やかに染め上げる朱。同時に背中が濡れるのを感じる。見上げると、涙を流しながら床を殴り続ける鳴海がいた。





「ライドウは一生自由になれないのか?」


暫くして落ち着いたのか、鳴海が聞いてきたので、我は耳を少し動かした。それをどう捉えたのかは分からないが、鳴海は「そうか。」と悲しそうに呟いた。

「任務だと分かっていても、ライドウが傷つくのを見てられないんだ。なんで好きになっちまったんだろうな。俺にはライドウを愛する資格なんてないのに…」


ライドウを襲名した時点で自由は完全に奪われる。自分たちの立場が分かっているからこそ、鳴海はライドウに気持ちを伝えることをしていないのだろう。それをどうにかしてやりたいと思っている我は目付役失格だ。


「葛葉側の、しかも目付役のゴウトちゃんに言うべきことじゃなかったよね。こんなこと言ってるのがヤタガラスにバレたら消されちゃうかな、俺。」


いつもの笑顔に戻った鳴海が言った。先ほど
の痛々しい笑顔ではなく、何かを決意したような笑顔だ。そして我の頭を軽く撫で、ライドウの様子を見てくると立ち上がりドアに手を掛けた。


「安心して、ゴウトちゃん。ライドウが不利になるようなことはしないから…絶対しないから…」


まるで自分自身に言い聞かせるように鳴海は何度も呟いた。その後姿は、昔出会った女子とよく似ていた。



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