SS-葛葉-

□禁忌
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「鳴海さん…?」

「ライドウ!?もう大丈夫なのか!?」


物音に気付き部屋を覗いてみると鳴海がライドウを必死に抱きしめていた。丸二日寝込んでいたライドウが目を覚ましたのだ。その間、鳴海はライドウの手を握り締め、傍を離れることはなかった。余程心配だったのだろう。暫くして、鳴海は必要なものを買ってくると言い出掛けていった。



『調子はどうだ、ライドウ?』

「ああ。もう大丈夫だ。」


入れ違いで我が近付くと、ライドウは自分の手を開いたり閉じたりしていた。倒れてからの経緯を説明し終わってもずっと手を見ていた。我が不審がっているのに気付いたライドウは微笑みながら手を握り締めた。


「ずっと鳴海さんが手を握り締めてくれていた。こんなこと初めてだ。葛葉の里にいた頃は、修行中に倒れてもこんな風に必死になって看病してもらったことがない。」

『そうか…』

「それに眠っている間、とても温かかった。」


そう言った時のライドウは少し恥ずかしそうにしながらも、幸せそうだった。このまま時を止めることは叶わぬか。ライドウと話しているうちに帰宅した鳴海と共に食事を取り、大事をとって探偵社は休業となった。






『ライドウ。その…少し我の昔話に付き合わないか?』


夜、ベッドに腰かけ月を見ていたライドウを呼び止めた。始めは少し驚いたような顔をしたが、静かに我が話すのを待ってくれているようだ。


『我は歴代のライドウたちを全て見てきた。これはお主より何代も前のライドウの話だ――



当時のライドウは葛葉一族のなかでもずば抜けて優秀でな、今のお主と同じく主要都市の守護の任に就いていた。そして一人の女子と出会い、恋に落ちた。菊という名の女子だった。普通の恋愛ならヤタガラスも葛葉の連中も文句は言わなかっただろう。奴らは優秀な血を引く後継者が欲しいだけだからな。しかし菊は人間ではなかった。悪魔だったのだ。古来より人間と悪魔との交わりは禁忌とされている。そこでヤタガラスと葛葉はあらゆる手を尽くし、菊を亡き者にしようとしたのだ。ライドウの名を襲名した時点で自由などない身。一生を葛葉の為に捧げなくてはならない。死んでも葛葉に縛られる。ライドウは菊を連れ、自由を求めて葛葉を抜けた。ただ、そんなことが許される訳もなく、二人は追われる身となった。いくら優秀だといっても多勢に無勢。菊は殺され、ライドウはその後を追うように自害した。ライドウの魂は葛葉に回収され、我と同じように今も刑に服しているだろう。



『ライドウは二つの禁忌を犯した。お主には分かるか?』


ライドウは微動だにせず、我をじっと見ている。


『一つは異種族との交わろうとした人間としての禁忌。もう一つは、自由を求めたという葛葉としての禁忌。』

「自由を求めることはいけないことなのか?」

『これは葛葉とヤタガラスが最も恐れていることだ。飼っていたサマナーがいきなり自分たちに牙を向ける、自由になりたいと任務放棄する。こんなことでは組織が成り立たんからな。』


ライドウは自分の手を見つめながら沈黙している。優秀な十四代目のことだ、この話の真意を理解しているだろう。なら敢えて問おう。ライドウの名を継いだこの青年に。


『お主と鳴海が愛し合ったとして子を授かることはない。お主はもうじき大きな選択を迫られるであろう。優秀な血を残す為に葛葉は必ず女子を寄越してくるぞ。まして鳴海はヤタガラスの人間。下手をすれば鳴海暗殺を命じられるかもしれん。ライドウを全うすれば、鳴海は無事だが生き別れになり永久に自由を失う。ライドウを捨てれば、鳴海を守りながら逃げ続けるという過酷な生活が待っておる。どちらにしても大きな犠牲を伴う。それでもお主は鳴海を愛し続けることができるか?十四代目葛葉ライドウ、お主の答えを聞かせて欲しい。』


ライドウは手を握り締め、我を正面から見据えた。その目には迷いはない。


「俺はもっと強くなる。強くなって鳴海さんを守り抜く。」

『それがお主の答えか?』

「ああ。」

『鳴海が危険に晒されるかもしれぬぞ?』

「それでも守る。」

『そうか…では、もっと厳しく指導せねばならぬな。』


ライドウは我を抱き上げた。いつもより優しく抱き上げられたのは気のせいか。この青年なら愛する人を守り抜けることができるかも知れない。どんな結果になろうとも、我は最後まで見届けよう。



「ゴウト、ありがとう。」









――数年後。


日本を離れ、遠く異国の地に降り立つ三つの影。二人と一匹の新らたな生活が始まる。



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