短篇小話 3


□雨やどり
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 実りの重さで深く深く頭を垂れている、それは見事な金色に色づきし稲穂たち。黄昏どきの風になぶられてさわさわと、急な驟雨のような、細波のような音を立ててゆく。目には見えない風の流れを、うねりに乗せての西から東へ、連なるように運んでゆくその声は。真夏の躍動が去った後の、ほんの少し物寂しい、秋の風情に似合いな寂寥の音。もはや刈り入れを待つばかりの、よくよく育った稲穂たちに囲まれて。そのようにいかにもの秋を迎えつつある、此処は辺境の地の静かな農村…だったのだが。目下の只今は、砦をこさえの、何やらどでかい装置を作りのと、慣れぬ作業へ精励中。毎年毎年、このくらいの時期ともなれば襲来し、まるでそれが当然の権利のように実りをごっそりと略奪してゆく“野伏せり”へ。もうもう勘弁ならんと立ち上がった農民たちであり。先の戦さでその身を特化させ、重武装をした機巧の敵をねじ伏せるそのために、こちらも人品卑しからずな頼もしいお侍様を掻き集めての、堂々たる“臨戦態勢”に入っており。鎮守の森から切り出した大丸太や、大昔に墜落したものであるらしい斬艦刀から採った鋼で“弩(いしゆみ)”という大掛かりな装置を作り。村へとなだれ込んで来ての攻め込まれても、迎え撃って守り通すための砦や堡を設え。戦力として見込んでいるその上へ、士気を高めることをも兼ねてのこと、村人らへ弓の鍛練もつけている周到ぶり。

  「…次。」

 家並みが連なり、住民のほとんどが住まう、村の中心部の広場では。朝も早よから晩の結構遅くまで、ただただ黙々と、弓を引いては射るを繰り返すという鍛練が、整然と続けられており。弓なんて生まれて初めて手にするというよな者もいたほどの、とんでもなく初心者ばかりの集まりを、キュウゾウというお若いお侍様が一人で指導監督なさっておいで。ご本人が鋭い刀そのもののような印象の、すらりと細身の寡黙なお人。次の段階へ上がる時にだけ、いわゆる“要領”を語ってくださるその他は、ところどこでの掛け声以外、全くのほとんど口を利かないところがまた。静謐でおいででも滲む気迫に有無をも言わさぬ、お若いながらも重厚な、そんな存在感のある いかにもお侍という御仁であり。そうは言っても、

 「…っ。」

 弓を構えての射出位置まで、次の並びがきびきびと進み出て来たその間合い。小さな粒がぽちりと落ちて来たのへ、おやや?と顔を上げた幾たりか。集中していなかった訳じゃあないし、雨になったら即中断という訳でもない。冗談抜きに驟雨の中での戦いとならぬ保証はないのだから、結構な雨脚を受けながらでも、手元が滑らぬよう、目測が外れぬよう、矢を放てるようになっておく必要だってあるのだろうが。そこまで求めていいほどには、まだちょっと覚束無い腕前の彼らである以上、優先されるは健康管理の方だろう。黄昏の蜂蜜色が去ってのち、宵青の訪れがやけに早かったのもこのせいか。通り雨にしては勢いのある雨脚がざっと襲い来たのを見極めて、

 「…。」
 「はい。」

 ちろりと。顔をそっちへ向けたかどうかも定かではないほどの微かな目配せへ、助手の青年が是と頷いて。
「今日はここで解散だで。体ぁ冷やさんよう、よぉ汗を拭うてから作業場ん手伝いに行くように。」
 師範に代わっての指示を出したのへ、承知の礼はキュウゾウの方へ向けてから、皆が散り散りになりそれぞれの持ち場へと向かってゆく手際もまた、統率の取れたなかなかの段取りで。

 「…。」

 さて、それでは自分はどうしたものか。激しい雨ではないけれど、この雨脚だと夜中のずっとを降り続けそう。こういう晩こそ、警戒を怠ってはならぬのがセオリーではあるけれど、先程、自分と入れ替わりで夕餉を取ったらしき若侍が、詰め所から出てのそのまま、哨戒のためだろう農道の方へと出て行ったのを、視野の隅にて拾ったばかり。それよりわずかに先んじて、白い衣紋の蓬髪の惣領もまた同じ道を辿って行っており。砦へ設けた物見に陣取るゴロベエと見張りの交替がてら、現況の確認に向かったらしく。作業に哨戒にと出てった顔触れの頭数がそれであるのなら、その隙にこちらは休んでおく方が効率を考えれば妥当か…という答えが出ても、

 「…。」

 即断即決な彼には珍しく、さあさあという静かな雨脚が定まり始めた秋雨の中、何を思ってか立ち尽くしているキュウゾウであり。そんな彼の視線が向いていたのは、田圃の真ん中を突っ切る農道へと向かう道の先ではあったれど、そこを道なりに進んだら、家並みが途切れる一番の端には彼らの詰め所もあったりし…。

 「…。」

 そのままだと風邪ひきますよ? キュウゾウ殿。



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