短篇小話 3


□甘いの辛いの 
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 こちらの陣営の手勢の少なさや、戦に不慣れな村人たち。そして、こちらの動向をほぼ掴んだ上で、斥候が本拠へ駆け戻った格好になっている向こうさんたちの、機巧の躯であるという機動力を考えたら、時間がいくらあっても足りないほどだが、

 『緊張ばかりしていては、
  いざという時に
  手元も足元もがっちがちに
  なってしまっていて、
  物の役にも立たぬやも。』

 よって、ところどこで息抜きならぬ息継ぎも必要でしょうよと。各所現場にて作業への監督を務めもするほど小器用で、お侍様がたの中でも、一、二を争うほどの働き者。そんな槍使いさんが選りにも選ってそんなことを言い出したのは、野伏せりへと射かける巨大な丸太矢“弩(いしゆみ)”の、こちらはダミーとなる短い丸太の、砦への設置が一通り終了した宵のこと。実際に打ち放つのは1本でいい、残りは“後陣が控えておるぞよ”という脅し。形勢上の問題から、一気に畳み掛ける“短期集中決戦”を予定しているので、ならば見せかけだけでも十分に効果はあろうし、完成までにはまだ少々かかる“本体”が仕上がる前に向こうが到着したならしたで、やはりこれを見せつけてのハッタリをかませよう…という、蓬髪の軍師様の指示による設置であり。張り子(ダミー)とはいえ、長さが足らぬだけで生木を削ったみっちり重い代物には違いなく、鎮守の森から切り出し、形成して運び、吊り下げての設置…と、重いわ加工しにくいわというその1つ1つに、人手も手間暇も結構かかったゆえ。それらが一段落ついたことへ、区切りをつけましょとシチロージが言い出して、村の酒蔵をあずかる方々が供して下さった清酒を、村中の子供以外の全員の夕餉の膳につけることとした。

『酔っ払うほどの酒盛りをするほどの余裕はさすがにありませぬが、明日からかかる次の段階の作業への鋭気を養いましょうや。』

 湯飲みに1杯ずつというささやかな晩酌もどきでも、今のこの村では大変な贅沢であり。これはすこぶるつきの欣幸と、酒に強いゴロベエやヘイハチ、機械の体にはどう回るものやら、こちらさんも豪快な飲みっぷりのキクチヨ辺りは相好を崩しており。その一方で、

「こんなには、あの…。///////」

 嗜む程度というより、舐めるほどしかまだ馴染みのないらしいカツシロウは、苦水ででもあるかのように持て余して見せていたのも、彼らしくて微笑ましく。何だ何だだらしがないとか、男ならそんくらいくーっと行かねぇかとか、酒豪の誰かさんがからかい半分に囃し立てたが、
「いいんですよ、無理に空けずとも。」
 そこはおさすが、幇間5年の経験値は伊達じゃあない槍使いさん。やんわりと微笑って助け舟を出してやり、
「まだまだ慣れのない身に無理から飲んでも美味しくはないでしょうし、そんな飲み方、体にも悪い。」
 自分で見当をつけての、残して構いませんよと先に言ってやれば、
「そうさな。第一、そんな飲み方をされては酒が可哀想だ。」
 持て余しておるのなら ほれ引き取ろうと、年長の豪傑さんが手を伸ばし、
「ええそう、お米だって可哀想です。」
 こちらさんもまた、この童顔で実は結構酒豪な米侍さんがにこにこと援護する。そんな先達の皆様に恐縮して見せる若侍からは少し離れて、

 「…。」

 こういう段取りになったものだからと、今宵は“炊き出し本部”と化して久しい集会所にての晩餐となっていたお侍の皆様がた。そんな中、他の面々と一緒の夕餉となったは久し振りという紅衣の双刀使いさんが、上がり框に近いところへ黙したまま座していたのだが…。

“そういや確か、あやつは酒精には弱かったのではなかったか。”

 まだ舐められはするカツシロウどころじゃなかったような…と。いつぞやそれをご披露いただいた折を思い出しつつ、その時、同座していた…だけじゃあない、酒を勧めた張本人の壮年殿がさりげなくも視線をそちらへと流してみれば。やはり“苦手だ”との自覚はあるか、握り飯と、今宵は川魚の焼き物もついている“食事”への手は進めているものの、膳の手前の湯飲みには全く手をつけようとはしない彼だったが、

 「…♪」

 囲炉裏に下げた鉄瓶の水を足しにと、土間まで立っていたシチロージが、キュウゾウのすぐのお隣りの席へまで戻ったその所作の中、こっそり…鼻の頭を撫でるような仕草をして見せた。遠目にはそう見えた仕草、正確には中指と薬指だけをちょいちょいと、煽りつけるように振ったのであり。間近に見ておれば…何かの匂いを嗅ぐような真似にも見て取れて。
「?」
 おっ母様の姿や動作、もはや自然なこととして目で追っていた次男坊にも、そんな仕草は見逃すことなく捕らえられたし。その上、そのままやんわりと微笑った母上だったので、もしやしてと湯飲みを持ち上げれば…湯気に微かに匂ったは蜂蜜の香り。どうやら、こっそりとしょうが湯をそそいでおいて下さったらしく、
「滋養を取らねばならぬのは一緒です。」
 こそり囁いたシチロージを見やりつつ、

 「…。//////////」

 目許を数度ほど瞬かせたキュウゾウだったのは。甘い飲み物とそれから、わざわざのお気遣いへの、含羞み混じりの“嬉しいです”の発露だろうこと明白で。

 『下戸であること、
  別段
  隠したりなさるような方でも
  ないのでしょうが。』

 もしかせずとも、ゴロさんやヘイさん辺りは とうに気づいてらしたでしょうしね。ただ…ぐいぐいとは飲めぬことを指して、からかいの的になっていたり庇われたりしていた若いのの手前というもの、アタシが勝手に気を回しただけのことですよと。相変わらずに次男坊へは甘いおっ母様の、行き届いた優しい配慮も相変わらず。そんなご自分は苦手なクチではないようで。作業中に起きたちょっと笑えるやり取りを持ち出したり、そういえばコマチ殿がこんなことを話して行ったがと、やんちゃどころをからかったり、場を盛り上げるのへと楽しいお話を幾つか提供しておいで。無論のこと、

 「…どうしました? それ。」

 構われずとも平気ではあろうが、それでも…彼の側から放っておけない寡黙な人へも、注意を払うのを忘れないおっ母様。ひょいと、視線を右から左へ振り向け直せば。お隣の次男坊が、あらかた片付いた膳の上へごそもそと、イチジクだろうかつやのある厚手の葉を開いているのに気がついた。それで包まれていたのだろう、クルミほどの大きさの、少々しなびたようなしわの寄った実が幾つか載っており。
「…コマチ殿が。」
 抑揚の少ない声音でぽそりとそう言っての、どうぞと葉ごと手に乗せての差し出す彼だったので、
「もらったのですか?」
 訊けば こくりと頷く様子が、何とも素直で稚(いとけな)く。あれで、今は傍らに外した双刀引き抜けば、梢の朝露でさえ真っ二つに出来る剣豪だなどと、

 “一体誰が信じましょうか、
  ですよねぇ♪”

 対面からさりげなく眺めていた工兵さんも、日頃以上に目許を細める。母子のようと揶揄される由縁、言葉を交わさずとも目配せとささやかな相槌や小首を傾げる所作だけで、意志は十分通じ合っているらしく。何とも微笑ましげなやり取りは、傍らから見ている者へも和みを伝えて暖かく。梅干しだろか、次男坊が差し出したのを ではと1つ摘まんだ母上だったのがまた、幼い心遣いをちゃんと拾って差し上げる、そんな優しい構図に見えたのだが。


  ―― まさかまさか、
      その直後に…。





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