短篇小話 3


□千代紙遊戯
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鶴に小箱に、櫂の舟。三宝さんに奴さん。
衿あてが いかにもな半纏に、
風車に札入れ、手裏剣もどき。

「…で、これを八つほど作って、
 丸ぁるくなるように
 つなぎ合わせると、
 くす玉になるんですよ。」

「うわ、すごいすごい♪」

無邪気に笑って手を叩く童女の傍ら、
黙々と鶴を折っていた白い手が止まり、

「…。」

言葉はないし、
判りやすい声もないままだが、
その眼差しの色合いに
鮮やかな表情の変化が見て取れて、

「お褒めいただいて光栄です。」

判りやすく褒めてくれたコマチにも、
眼差しをキラキラと輝かせ、
精一杯の称賛を乗せて
見やってくれたキュウゾウにも、
照れながらのお礼を述べたシチロージ。
囲炉裏を切った板の間の端、
上がり框の辺りには、
陽の射さない中でもそれと判る、
七彩夢幻…は大仰ながらも、
色とりどりの千代紙が広げられており。
彼らの手になる“折り紙教室”が、
絶賛開講中。

 ― というのも、
  切っ掛けは外の雨。

少し前から振り出した
にわか雨から逃れて来た次男坊と、
彼がその懐ろへと抱えて来たのが、
通りすがりだった巫女様の妹御。
この時期のにわか雨にしては
結構な雨脚だったので、
見る見る濡れてゆくコマチを
有無をも言わさず連れて来てくれた、
キュウゾウの判断は正しかったものの、

『別な子だったら、
 ちょっと怖がったかも知れませんね。』

後日になって、
誰もが言いにくかったこと、
こそり形にしたのは、
案外と度胸のある工兵さんで。
確かに…
慣れのない和子に彼の威容や無表情は、
“頼もしい”というよりは
“怖い”対象だったかも
知れない。(う〜ん)
まま、それはともかく。

 『これは、
  止むまでちっとばかり
  かかりそうですな。』

二人を迎え入れてのそのまま、
戸口から空の鈍色を見上げた
シチロージがそうと呟くと。
濡れた上着や羽織を
囲炉裏の間際で広げさせた代わり、
旧住人の置き土産らしい、
ちょっと色あせた装束を
お揃いで羽織ったことで
即席の兄と妹のような風情となった、
双刀使い殿と
童女二人が顔を見合わせる。
急ぎのお役目や仕事が、
有るといや有るが
無いといや無い。
そんな微妙なところなのが、
只今現在の彼らの状況。
いつ来るかも判らない
野伏せりの急襲に備えての
あれこれには、
いくら時間があったって
足りないほどだが、

『でも、このお空ではねぇ』

弓を教えているかたわら、
村の周縁を彼なりに
哨戒しているキュウゾウと、
文字通りの使いっ走りを請け負って、
それでもこの小さな体で
よく駆け回っている
働き者の巫女様と。
確かに、外に出られぬでは
することも無くなる身。
殊に、小さな子供でありながらも、
姉と同様、
村のために頑張らねばという
自負の強いコマチには、
することが無いという立場に
やられるのは堪えるらしく。
ふしゅんとしぼんだコマチの様子に、
小さく小さく苦笑したのが、
槍という武具を
大胆にも大きく振り回す
力持ちなのと同じくらい、
細かいところへも
よく気のつくシチロージ殿で。

『…そうそう、
 アタシもこの隙に
 嚢の整理でもしときましょうかね』

上がり框へ戻ってのすぐさま、
そうと言い出して、
腰回りから下げている嚢を
ごそごそと探った末に、
その手へと取り出したのが…
それはかあいらしい千代紙の小束。

『綺麗ですぅvv』

そこは女の子だ、
赤に青に、緋色に緑に白、黄、
千羽鶴に市松、呉竹に矢羽根、
花車にあばれ熨斗に青波と、
様々な柄模様の刷られた千代紙には
興味を示したコマチだったのへ、

『蛍屋で時々ね。
 太夫見習いの半玉(はんぎょく)とか、
 禿(かむろ)の子たちに、
 お小遣いや何やっていう
 “振る舞い”があったときなんか、
 これへ包んで
 配ったりもしましてね。』

あとは、
ちょっとしたお遣いへの
伝言に使ったりもして。
それでと持っていたことを
簡単に説明しながら、
真白い指と鋼の指とが、
器用に動いて折り上げたのが小さな鶴。
そこから始まったのが
即席の折り紙教室で、

「おら、ツルと奴さんくらいしか
 知らなかったです。」

どちらかと言えば
屋外で駆け回っている方が多いのか、
色々な折り方に
いちいちビックリしつつも、
そこはさすがに女の子ということか。
飲み込みの早いコマチは
手が小さいこともあって、
教えた端から何でも形にし、
小さなお膝の周りへ
お花畑のように
色とりどりの完成品を散りばめてゆく。
その一方で、

 「…。」

片やの生徒、
寡黙な双刀使いさんはというと、
決して不器用ではないのだが、
油断をすると…ちょこっと力が入り過ぎ、
最後の仕上げにと
翼を左右に広げかかった鶴が、
さっきから続けざまに数羽ほど、
真っ二つに下ろされてばかりおり。

「…そこだけコマチが
 手伝いましょうか?」

それでは意味がないと、
薄々判ってはいてもつい、
小さな巫女様が気を遣っての
お声をかけるのへ、

 「〜〜〜。」

拗ねるではなく、
されど…どうしたものかと、
為すすべ知らぬ童のように、
困惑気味に小首を傾げてしまう姿がまた、

 “…ああもう、何てまた
  かあいらしいったら。///////”

もうもう、
どうしてこのお人ってば、
こんないいお顔ばっか、
アタシの前で
見せてくださるんでしょうねぇと。
日頃の無表情との区別が
余人には非常に判りにくいそれを、
途轍もない愛らしさとして拾える
おっ母様なればこそ。
目許を潤むほどに細めたその上で、
胸中では人知れずのじたじたと、
歓喜に身悶えていたりして。

 …大丈夫でしょうか、
 おっ母様。(苦笑)




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