短篇小話 3


□これも手加減・さじ加減
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さわりと吹く風も柔らかい、
そんな午後の陽だまりの中。
後れ毛をくすぐる風へ乗せ、
はらはらと零れ出すのは
小さなしゃぼんの珠。

 「わあ、モモタロさん上手ですvv」

中が空洞になっている麦の茎をちょいとつまみ、
その先へとセッケン水をつけての、
そぉっと息を吹き込んだらば。
小さな真珠玉が連なるように、
幾つものシャボン玉が勢いよくも零れ出す。

「コマチ殿も、
 大きいのを作るのが上手ですよ?」
「えへへぇvv」

お褒めに預かって光栄ですと、
含羞むお嬢さんのお隣りでは、

 「………。」

やっぱり麦の茎をその指へと摘まんで、
どこか難しいお顔になっている
紅衣のお侍様がいたりする。
大柄な顔触れもおいでのお侍様がたなので、
そりゃあ大物揃いなお洗濯ものと
格闘していたおっ母様。
お手伝いをしてくれた寡黙な次男坊と、
こちらも踏み洗いのお手伝いをしていて、
タライから風にあおられて
飛んでったシャボン玉に
歓声を上げたコマチ坊をねぎらうように、
小さな竹筒へとセッケン水を作ってくれて。
羽織を糊へとつけおきしてる間、
ちょっとだけ遊びましょうかと
持ちかけて来た。
それでと始まった
シャボン玉遊びなのだが、

 「キュウゾウ殿?」
 「上手に出来ないですか?」

ふうと軽く息を吹き込む先から、
透明な、でも虹色の珠が
生まれてはふわふわ浮かび、
すぐ傍らの茅葺き屋根の上や、
風に流されて間近い川表へと飛んでゆく。
たったそれだけのことなのに…
どうしたものか。
何度やっても
紅衣の金髪侍さんの手元からは、
ぱちっと弾けるしずくしか飛ばずで、

 “器用そうに
  見えるんですけれどもねぇ。”

きびきびした身ごなしに、
行儀のいい所作もそれはそれは優美だし、
実際の話、
見えるだけに留まらないと知ってもいる。
あの双刀を操っての戦いっぷりの、
何と見事で洗練されていることか。
全身が隈なく躍動し、
真っ赤な衣紋の裳裾を
大きくひるがえして。
ひらり、高々と
穹へ向かって舞い上がる姿は
胡蝶の如く。
立ちはだかる敵の陣営、
どこから裂いてのどう切り刻めば、
無駄のない動線で薙ぎ倒せるかを、
瞬時にして割り出す太刀筋は、
決して容易な一閃ではないそれだのに。
そのままそれへと
身体がなめらかについてく連動の物凄さ。
何でも切り裂く
超振動の起動の手並みもそりゃあ見事で、
だってのに、

 「ああ、そんな強く吹くから
  出来ないんですって。」

 「だが。」

コマチもシチロージも
吹くときにわずかほど頬を膨らませるので、
勢いつけてのことかと思うのか。
彼もまた、
呼び子でも吹くかのように
鋭い息を吹き込んでは、
麦の茎の先で
ぱちんと弾けさせている始末。
弱く微妙にという方向への加減は、
なかなか簡単には
会得出来ないものなのだろか。

 “まま、一人のお人がそうも
  何でもかんでも
  出来るってもんじゃあ
  ないのでしょうが。”

シチロージさん、
あなたが言うと
説得力がないような。(苦笑)
でもまあ、
彼がそう思ったのも無理のないこと。
希代の策士よ軍師よと謳われながら、
だけれど同時に
“負け戦の大将”でもあった
誰かさんもまた。
侍としては一線級で、
男としても申し分のない
精悍さと気骨を持ってはいるが、
いいかげん、
魚の身のほぐし方を
覚えてくれないもんだろかなんて、
ヤマメやマスなどが食事に出るたび、
ついつい思ってしまう
おっ母様だったりするそうですし。(笑)

 「…。」

世に言う“剣豪”という存在は、
そういう特性も似てくるものなのか。
こちらさんもまた、
意外なところで
ずぼぉっと抜け落ちているところの
多かりし彼であり。
どうして出来ないもんかと眉を寄せ、
手元の麦の茎をじぃっと見やった次男坊へ、
シチロージが何とはなしに
感慨深げな眼差しを向けていると、

 「でも、
  キュウの字が出来ないことってのは、
  今まで知らなかったから
  出来ないことばっかです。」

ちょいと同情してしまったものか、
二人のお侍様に
挟まれて座っていたコマチ坊が、
そんなお声を掛けてやる。
その場しのぎのお言いようではないらしく、

 「茹で玉子の殻むきも、
  あやとりも。
  じゃんけんも陰踏み鬼も、
  縄跳びの“お入んなさい”も。
  今までやったことないって
  ゆってたです。」

嬉しそうに列挙するコマチに、

 「…。/////////」

いや、そんなにありましたかねぇと、
口元を少し歪めつつ、
仄かに赤くなったキュウゾウだったのとは違い。
聞いてた母上が唖然としたのは、

 “そんなにも
  遊んであげてやってたんですか。”

大人でも萎縮する無表情だってのにねぇ。
いやさ、コマチ坊にすれば、

“彼女の側が
 遊んであげていたのかも
 知れないのかな?”

大きにそうかも知れませんね。(苦笑)
ともあれ、

 「つまりは力加減、
  ですよね。」

そこがなかなか伝わらない。
でも、コマチ坊が言った通り、
いったん会得しちゃえば次からは、

 “草笛もせっせっせも
  竹トンボ飛ばしも、
  虎じゃ虎じゃも。
  きっちり身につけてしまえて、
  むしろお上手な
  キュウゾウ殿でもあったし。”

って、
他にもまだそんなにあったんですか、
初挑戦。
(つか、虎じゃ虎じゃってナニ?・笑)

 「熱いお茶やおみそ汁を、
  ふうふうって吹くのを
  思い出したらどうですか?」
 「…。」
 「あ、いやそれは…。」

ご本人がかぶりを振ったのとほぼ同時、
シチロージも
それだと違うと声が出かかる。
彼の猫舌がなかなか直らないのは、
そうやって冷ますのが
これまた下手だから。
どうしても
お茶の表面を大きく波立たせてしまうし、
箸の先に摘まんだものは
そこから吹っ飛ぶ勢いを下げられないので、
今のところは
おっ母様が冷まし役を担当中。
…よっぽど
腹筋が強いんでしょうか、次男坊。

 「じゃあ、そうですねぇ…。」

何と比較したらいいものだろかと、
可愛らしくも大人の真似っこ、
鹿爪らしいお顔になって考え込むコマチに
くすすと微笑いつつ、
そろそろ頃合いかなと
羽織を何枚かつけていたタライへ立ってゆき、
1つ1つを丁寧に絞ると
形を整えつつ干し出して。
こちらはロープではなく
竿へと干しかけての、
かたり、竿がけで竿受けの高みへ
引っかけたところが、

 「…あっ☆」




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