短篇小話 3


□美味礼讚
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 神無村要塞化計画は、どんどん佳境へと押し進み、あちこちでその成果が形になってゆくことが、村人たちの士気を高めている一方で。経験のない彼らには輪郭さえおぼろな、何とはなくという取っ掛かりの段階から、皆を盛り立て、叱咤鞭撻を奮ったお侍様方の側に、わずかずつながら疲労のピークが訪れんとしてもいて。元は軍人、体力も集中力も人一倍にはあるけれど、それでも物事には限度というものがある。

『それなんですよねぇ。
 ヘイさんたら、
 ご自分が一番に
 どの作業にも
 通じておいでだからって、
 全ての部署の“質問箱”役をも
 こなそうとなさってる。
 そりゃあヘイさんに訊くのが
 一番間違いがないって
 もんでしょうけれど、
 だからって、
 休む間もなくの
 働きづめってのは
 ちょいとねぇ。』

 困ったもんですと、いかにも案じておりますというお顔をして見せる誰かさんだが。

 『………。』
 『? どうされました?
  カンベエ様。そんなお顔して。』

 そんなことを案じているおっ母様…もとえ、総指揮官殿の腹心、槍使いのシチロージ殿だとて。現場に詰め所にとその身を置く先々にて、そりゃあもう クルクルとよく働くお人なものだから。色々なお人が様々に、その身を案じていたりする。



 「…おや、
  キュウゾウ殿じゃあ
  ありませんか。」


 まだまだ瑞々しい緑の多い梢が天蓋のようになった、村まで続く小道に入ると、そこには先客の人影があり。哨戒していた村の周縁、眸が眩むような崖っ縁に自生していた白百合を、ふと、手折って来たらしき紅衣の侍。茎のところを捧げ持ち、ラッパの形をした真白き大輪の花と向かい合っていた彼の方こそ、金髪痩躯、透けるような白い肌をした、世にも稀なる月の精霊、玲瓏な花の化身のように見えたほどではあったれど。

 「お花ですか、珍しいですね。」

 花が、ではなく、そんな物へ関心を寄せた彼が珍しいと。特に揶揄するでなくの率直に言ってのけたのは。朝から晩まで作業場に居続けなのが もはや当然視されている、小さな工兵さんではないかいな。
「…。」
 ちらと、動いた赤い眼差しの含む意味へと気づいてか、

 「ああ、わたしはこれから
  詰め所へ戻るところです。」

 少しでいいから横になって休めと、シチさんに追い立てられまして。帽子の上からかしかしと頭を掻きつつ、眉を下げて苦笑して見せる。案じているばかりでは始まらぬと、とうとう実力行使に出たらしきおっ母様。きっと、現場は自分が指揮を執るからと説き伏せて、休息を取らせるため、彼を詰め所へ向かえと追い立てたのだろう。

 「仮眠なら
  ちゃんと取ってますのにね。」

 そんなにも やつれて見えますかねと、ふくふくした頬を指先で掻きつつ苦笑をし、

 「キュウゾウ殿も
  お戻りなのでしょう?」

 弓の鍛練の合間、時折こうやって哨戒に出ているという彼の話は聞いている。人が寄り合うところが苦手なのか、カンベエが招集をかけた時以外、仮眠も鎮守の森にて取っている彼であるらしく。それでも三度三度の食事時には詰め所へ戻って来なさいと、シチロージから言われていることも知っており、

 「ご一緒しましょう。
  わたしも御膳をいただいての、
  少し横になって来いと
  言われまして。」

 そうと告げた途端に、

 「…。」

 この彼にしては珍しくも、それは判りやすく、赤い眸を見張ってのそれから、肩を落として見せたので。

 “察しのいいことで。”

 わたしが現場に戻らぬ限り、シチさんは詰め所へ戻って来ないと。それへと肩を落としたんでしょう? と。こちらさんはもっと鋭く察してのそれから、

 「もしかしてそのお花は、
  シチさんへ、ですか?」

 緑豊かで、野の花にも事欠かぬこの村だ。何もわざわざ摘まずとも、そこいらで咲いているのを思う存分愛でることが出来る。とはいえ、
「笹ユリや山百合くらいならともかく、そうまで見事な白百合は、此処だと南向きの断崖の縁にしか、この時期は咲いてない。」
 それでなくとも夏の花。今は、稲穂がああまで重たげな秋のさなか。そんな今時に咲いていたのが奇跡なくらいで、あまりの見事さに思わずのこと、手が伸びていた彼なのだろう。

 ― 大好きな あのお人を、
  少しでもいたわりたくて

 わたしでさえ、なんて可愛らしいお人かと思いますよ、ええ。あのシチさんが気に留めてしまわれるのも当然だ。こうまでお若いのにあの大戦で、前線にて活躍なさってたということは。箸の上げ下げを覚えたのと同じ頃合いに、人斬りを叩き込まれたに違いなく。その戦さが終わって十年経った、今頃になってやっと。人への物差しに…薙ぎ払うか捨て置くかだけじゃあない、大切にしたいとか、いたわりたいとか、そういう目盛りが加わりつつある。わたしたちにしてみれば今更なことへ、遅ればせながら、怖ず怖ずと触れている。胸の中に柔らかいところを増やしつつある、かあいらしいお人。

 「…米侍。」
 「はい?」

 並んで歩き出しながら、どのくらい経った間合いだったか。ふと、呟くように声を発したキュウゾウ殿は、顔を上げるとこちらを真っ直ぐに見つめて来て、それから。







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