短篇小話 3


□つれない御方
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 野伏せり襲来に備えての“神無村要塞化計画”は着々と進行中。各所各々の作業場では、村の衆らが監督にあたる侍たちの指示の下、石垣を積んだり柵を整えたり、巨大な兵器となろう“弩(いしゆみ)”の造成や、それを模した“張り子(デコイ)”の設置。それらに必要な鋼のボルトや当板の鋳造、村の男衆らが参戦するに当たって使うこととなろう弓矢の増産などなどと、村人総動員という勢いでの大わらわは、だが、悲壮な空気はなくの至って前向きな活気に満ちてもおり。
『それもこれも、お侍様がたの存在感のおかげです。』
 この秋こそは野伏せりを討つぞという決意をしたのも、そのためにと浪人であった侍たちを集めたのも村人らの総意から発したことだが、それでも。威張り散らすばかりの恐持てする方もいずの、要領を押さえた指導が手際のいい、いづれも働き者で廉直な、人性のよく出来た方々ばかり。
『なに、我らとて単に気が逸っておるだけ。ついて来てくれる皆の勤勉っぷりに、後押しされておるだけのことよ。』
 なんてな言いようをしては“わっはっはっ”と豪快に笑うゴロベエ殿は、

 「若い男衆に
  人気が有りますです。」

 「んだ。ご陽気だし、
  話が面白いだでな。」

 「ほほぉ。」

 それはそれはと、ゴーグルをつばの押さえにと額より上へと上げた、垂れつきのお帽子を乗っけた頭を何度も頷かせ。いかにも感心との相槌を打っているのは、ここの作業場担当の工兵さんだから問題はなかったが、
「こぉら。そこな可愛子ちゃんたち。」
 そんなヘイハチ殿を左右から挟み込む格好になって、ベンチ代わりの丸太に腰掛けていた小さなお嬢さん お二人は。まだまだ小さなお子様で、しかも女性だったから、

 「作業場への出入りは
  禁じられてませなんだか?」

 純朴な村人の皆様相手に、あんまり堅いことばかり、それも大上段から言いたくはないのだが、甘く見ていて事故や怪我につながるとあれば話は別。詰め所のある家並みの方向からやって来たらしいシチロージ殿の伸びやかなお声は、さほど…叱咤するというような怖い響きのそれではなかったものの。そこは…お侍集めに虹雅渓まで同行して来たコマチと、そんな彼女の親友でしっかり者のオカラちゃん。年に似合わぬ聡い子らであり、こんな短い言いようでも、ひゃっと素早く首をすくめたのは、自分たちが禁忌を破っているということを重々承知であったからだろう。そんな二人を庇うように、
「まま、シチさん。お弁当を配って下さったのです、大目に見て上げて下さいまし。」
 2つめのおむすびを手に、ヘイハチがにこりと笑う。丁度今は、大部分のお人らがそれぞれに、ちょいと手の離せぬ段階に入ってるもんですから。それにキリがつかねばご飯どころじゃあなく。さりとて、お弁当のお当番のご婦人方とてお忙しい身で、順々においでの皆さんへ全部行き渡るまでと、じっと待ってて下さる訳にも行かない。それでと、
「コマチとオカラちゃんで、お弁当の包みを渡す係を仰せつかったです。」
「おや、そうだったんですか。」
 季節は秋だが、まだまだ緑も豊かな草原の手前に据えられての造成中という巨大な発射台。すぐ間近の木立や茂みから、虫だの小鳥だのが寄って来ないようにという見張りも兼ねて。ご苦労様ですと ねぎらいのお声を掛けながらのお弁当係を任じられたと、胸を張るお嬢さんたちであり、
「そいつは失礼致しました。」
 だったら叱っちゃいけませんやね、大役をご苦労様ですと。指を揃えた手で自分の額をぺしっと軽く叩いてお道化て見せる。花街でも名を馳せたほどの色男でありながら、剽軽な所作も絵になってお上手な。そんな金髪長身の槍使い殿へ、ヘイハチやコマチらも思わず“あはは…”と吹き出しての、さて。

 「ところで何のお話をしてらしたんですか?」

 何だか楽しそうに沸いておいでだったけれどと、続きを促すような言いようをしたのは。もうお勤めも終わっていそうなお嬢さんたちを、だが、いきなり追い立てるのは情が無さ過ぎるかなと思ってのこと。もう少しほど間を潰させてやってからと構えて、そんな風に切り出したシチロージへ、
「おなご衆ばかりの作業場では、お侍様がたのことをよく訊かれるってお話です。」
 コマチがくすすと笑い、その後へ、
「婆様やおっ母様や姉様たちは、手仕事すっ時はどうしても、何かしら話しながらになるもんだでな。」
 そうと付け足したオカラが…しししっと意味深に笑った。こたびの戦さの準備には、女性陣とて重要な働き手。各々の家庭を守るも大事だが今回は敢えて、それぞれに得意なことへと班に分かれての働いていただいており。炊き出しに矢の補充、資材整理の傍らに、綱や縄を綯い。こちらは使わずに済めば良いのだが…万が一の時のためにと、傷薬と晒布を山のように準備して。そんな合間には、土木工事の作業場や弓の習練場へ集められている男衆の代わりにと、田圃や畑、水路の点検・手入れもやれる範囲で手掛けておいで。彼女らもまた働き者揃いで、骨惜しみはなさらぬが、ついつい手足と一緒に動くのが口や舌でもあり、
「そっか。お二人はアタシらの間近によくおいでだから。」
 先程シチロージが注意したように、こういう作業場やお侍様がたの詰め所やらへは、女子供らは近づいてはならんというのが原則となっている。作業場は危険だからで、詰め所はお侍様がたの軍議や息抜きの場だからお邪魔をしちゃあいけません…ということから、広く言い渡されている“お達し”なのだが。そんな中での唯一の例外が、水分りの巫女様姉妹。何せ虹雅渓から彼らを連れて来た彼女らだから、事情も通じ合っていての勝手も判っていてお話もしやすければ。小さなコマチの方もまた、今の事態というものをしっかと把握していての、分を弁(わきま)えてもいようということからの例外扱いであり。現に用もないのに入り込んでのお邪魔をするということはないけれど、それでも気さくに直接話しかけの言葉を交わしのしている彼女らには、

 “興味津々な方々がつい、
  質問攻めにしてしまいも
  するのでしょうな。”

 目新しいものへは関心も集まるのが道理。こんな時だのにと眉を顰めるよりも、こんな時でもそんな調子とはなかなかに頼もしいと、口許に苦笑を浮かべたシチロージへ、ヘイハチも同感ですとの苦笑いを向けて。

 「ご婦人がたから
  取り沙汰されるといや、
  やっぱりカツシロウくんでしょう。」

 何しろなかなかの美男子だし、育ちがいいのか純朴で真っ直ぐで。惣領殿から出される指示へ、きびきびとお返事をしての凛々しくも立ち働いている様子は、いかにも清々しいところが眼福もの。現に、到着した日に早々と女性たちから騒がれてもいたようだしと、それをもっての“当たりでしょう?”と訊いたシチロージだったが、
「それは甘いです、モモタロさん。」
「チッチッチッvv」
 妙に意味深に構えての“ふふふんvv”と微笑ったお嬢さんたち二人。え?と意表を突かれての瞬きをして見せる槍使い殿へ、
「どうやら、そうでもないらしいのですよ。」
 もう話は聞いていたのか、ヘイハチが言葉添えをする。そこへと続いたコマチの言いようによれば、
「キララ姉様のお友達はカツの字に騒いでますが、少しでも大人の姉様たちになると、もうさっぱりです。」
 あっさりと一刀両断されたその上、
「あれだな。あの兄ちゃんはまだまだ子供だから。」
 オカラのもっともらしい付け足しへ、コマチもうんうんと頷くところは一端の評論家っぽくって。

 “…それって何だか残酷な言いようではなかろうか。”

 あの少年だとて、何も持て囃されたくて此処へ来た訳ではなかろうが。その評価はちょいとキツイのでは…と、口許が引きつりかかったシチロージの様子へこそ、ヘイハチは苦笑が絶えない模様。そんなお侍様お二人を前に、

 「もう少し年が上の
  姉様がたは…
  誰にお熱だと思いますか?」

 またまた意味深なお顔になったコマチであり。それへとヘイハチがまたもや苦笑を濃くするところを見ると、彼は既に答えを知っているのだろう。
「さて、お年を召してる姉様がたとなると…。」
 自分たちの顔触れから察して…と、ぐるりと想いを巡らせたシチロージ。

 “……渋めのところが受けての、
  カンベエ様かな?”

 そうと思ったところが…シチさんの審美眼の物差しが知れると言いますか。(苦笑) う〜んと小首を傾げる三本髷のお兄さんへ先んじてのこと、コマチがわくわくという笑顔で発表したのは、

 「何とびっくり、
  モモタロさんとキュウの字です。」
 「…おや。」

 これは意外と、素の表情にて驚いてのこと。シチロージの水色の瞳が大きく見開かれたのへ、やったね度肝を抜いたですよと満足げに笑ったお嬢さんたちであり。実は自分も先程同じように驚かされたらしいヘイハチが、口許を手で覆っての ぷくくという苦笑を必死でこらえていたそうな。




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