短篇小話 3


□不思議なできごと
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 ぽかりと、目が覚めると。そこは白っぽくも明るい空間だった。高いところから少しほど煤けた木目が見下ろして来る、天井板の浅い褐色も。すぐ目の前にある衾の白いへりも、それは明るく照らし出されており。光のある方へと首を回せば、やたらに高さと幅のある、大きな間口に嵌まった障子戸が、行灯もかくやとの明るい白を滲ませているから、

 “…昼間、なのか?”

 こんなに明るい時分まで衾にくるまって寝ているなぞ、ここ最近の自分にはあり得ないこと。何となく感覚が鈍いような気もするが、体調が悪いという訳でもなさそうで、では、どうしてなのだろかと、

「…。」

 考え込むより先に体が動いている。こんなところでじっとしていて答えが出るとも思えなかったのと、目が覚めているのにいつまでも衾の中にいるのは性分ではなかったから。

「…。」

 むくりと身を起こして周囲を見回す。いやに広々とした部屋で、青々とした畳が敷き詰められており。床の間のある一角、味のある焼き物を配した違い棚のもうけられた側の壁は、落ち着いた色合いの砂壁が柔らかな印象を醸しているが、そんなことはどうでもよくて。

“…ない。”

 衾の周辺、部屋の隅々。届く限りを素早く、視線を巡らせたその何処にも、自分の得物がない。そんなことがあるだろうか。自分に悟らせずに誰かがあれを持ち出せる筈がない。刀がなければ二進も三進もいかないというよな、情けなくも不甲斐ない腕ではないけれど。眠っていたからといって、あれをそうそう無造作に持ち去られるほど、自分の感応、鈍ってはいないという自負がある。

「…。」

 衾を撥ね除けて起き上がり、明るい障子へと足を運ぶ。やはり何だか馬鹿でかい、間口であり障子であり、しかも…体の自由(まま)も利きにくい。そんなにも距離があっただろうかというそこへまで、辿り着いて、さて。いきなり開かずに外の気配を探ってみようと、身を寄り添わせながら障子の桟に手をかけたものの、

 「………。」

 ちょっと間のある“…”だったのは、外の気配より先に注意を留めたものがあったからで。格子状の升目になってる障子のか細い枠へと置いた自分の手が、

 “…小さい。”

 いかにも荒ごとにて鍛えられたる趣きの、がっつりと頼もしく、骨張って大きい…とまではいかなかったが、それでも。もう少し、指も甲も長かったのではなかろうか。でないと刀の柄を握り込めない。いやさ、刀そのものを持っていられるかも怪しい。これではまるで…。

 「…キュウゾウ?」

 人声にハッとした。障子の向こうのそのまた遠くからの声。自分が此処にいることを知る者がいる。板張りの廊下を、あまり足音は立てず、だが、さしたる警戒もないままの無造作に、こちらへとやって来る気配がある。この気配には覚えがあって、

「…。」

 やはり…考え込むより先に体が動いていた。視界の中の小さな手は、少々覚束ないながらも自分のものとして機能し、傾きも軋みもない、手入れのいいなめらかさに沿って、眼前の障子をすらりと開け放つ。そこに広がった光景の中、やはり既(とう)に陽は昇っており、縁側廊下の向こうには青空の下に小さな庭。庭と言っても植木や庭石を並べて趣向が凝らしたあるような、金と手間暇かけての数奇を凝らしたそれではなくて。いかにも農家のそれらしく、折々の作業用に空いているだけという雰囲気の、平らかな空き地のようなもの。そして、

 「キュウゾウ?」

 声の主は左手側から廊下をこちらへやって来る。顔を向けたが、その高さの延長上に相手のお顔は収まらず、見上げようとしかけたところが、立ち止まって屈み込んでくれて、

 「起きましたか。」

 掛けてくれたお声と、それから。柔らかく目許を細めた優しいお顔に、矢も盾もたまらず、身が動いた。ああ、まただ。もどかしいほど身体の侭が利かない。身体の重心が高すぎて、安定が悪い感覚がしてならず。それでもとてとてと懸命に駆け寄れば、双腕を広げて待ち構えていたその人は、抱きとめたそのまま そ〜れっと軽々こちらを抱え上げてくれて、

 「よく眠れましたか?」

 よしよしとあやすように髪や頬を撫でてくれて。やっぱり綺麗でいい匂いのする、温かい人。あれれ? でも、髪を結っていないのはどうしてだろか。あのお帽子もかぶっていないし…いやそれよりも。ほんの少しほど体格が違うのと、見かけによらず膂力もあるお人なので、こちらを担ぎ上げることが絶対に不可能だとまでは言わないが。こうまで軽々と、それも片方の腕へ座らせての子供抱きにて、懐ろに抱えることが出来るほどの、対象に、

  ――― こちらが、なっている?
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