■寵猫抄

□思わぬ災難
1ページ/5ページ



     1


 クリスマスから年明け直前にかけての極寒は、冬将軍にもお正月があったのかと思わせるよな中休みを挟んでのち、都心の平野部にまで雪を降らすほどの寒気を連れて訪のうたものの。あんまり長続きしないまま、南下しちゃあ押し上げられてを繰り返し。

「こういうデタラメな寒さのほうが厄介よねぇ。」
「そうそう。寒いだろうと思って子供に防寒用の下着を着せてかせたら、
 汗だくになって帰って来たりするのよねぇ。」
「カサイさんトコのヨウちゃんはそれで風邪引いたんでしょう?」
「ええ。あんな元気な子が、もうもう可哀想でねぇ。」

 今日はさほどにひどい風も吹くことはなく、空もぺかりと磨いたばかりのように明るいばかり。久々に訪れた穏やかな日和の中。買い物帰りででもあるものか、この冬はやりのカラフルなダウンジャケットや、ウエスト部分のシャーリングがフェミニンな、ブルゾンタイプのウィンドブレーカなぞを羽織った若々しい奥様たちが、トートバッグを提げての、幼子同伴で住宅街の小道を行き交う時間帯。街路沿いには児童公園などもあり、今時分だと保育園の年少さんたちの帰宅時間とも重なるものか、この寒空にも関わらず、時折甲高い声が入り混じる、お元気そうな歓声が聞こえて来。

 「…あ。」

 そんな中の一人が、ふと何にか気づいて棒立ちになる。それに気づいた仲良しさんが、どした?と駆け寄り、そこが子供で、あのね?とすぐには応対の出来ない、その子の視線を追ってみて、

 「あっ。」

 こちらはたまたま目に入ったんじゃない、それを目指した視線だったから。見たものへの反応も素早いもので、

 「猫っ。」
 「えっ?」
 「どこどこ?」

 端的な一言への周囲の反応がまた、素早い素早い。野良も飼い猫も入り混じっての結構見かける土地柄なせいか、子供らもある意味で慣れがある。犬ほど大きくはなし、向こうから寄って来るのは稀なので、逃げれば追うの心理がこんな幼いうちからあるものか、猫を見て逃げ出す子は割と少なく、むしろ執拗に追われて猫のほうから“こりゃたまらん”と逃げ出すくらい。そんなせいもあってか、子供たちの声に気づいた母親たちも、偵察中のご近所の猫でも通りすがったんだろうと、さほど血相変えての身構えてはいなかったようだったものが、

 「……え?」
 「あら…。///////」

 子供たちの好奇の視線を一身に浴びている猫を、いやさ、そんな猫を連れていた人物を見て、一様に…意識を呑まれたようなお顔と相成った。

 「猫、猫さわっていい?」
 「かわいいvv」
 「お兄ちゃんのネコぉ?」

 物おじしないクチの何人か、散歩中らしい相手がこっちへやって来たのへと駆け寄ると、口々に騒ぐやら手を伸ばすやらの大騒ぎになりかかり。さすがにそれはご迷惑なんじゃあと親たちが顔を見合わせあったものの、

 「ああ、構わないけど、そおっと撫でてあげておくれね?」

 にっこり微笑った青年の、何とも愛想のいい様子には、ああきっと慣れておいでなのだろと、母親たちが胸を撫で下ろす。まだ仔だろう、片手で収まりそうな小さな小さな猫を、その懐ろという高みから子供たちの目線までへと少しほど下げてくれて。わっと伸びて来た手を、上手に加減し遠ざけたりもしつつ、満遍なく触らせてやる手際にも安心な慣れを感じる。それに、

「…結構、いい男だと思わない?」
「やだ、奥さんたらvv」
「だって。」
「いや、アタシもそう思ったvv」
「ほら、○ゃにーずにああいう子、いなかった?」
「子ってほど子供じゃないでしょvv」

 子供らへの愛想が よくよくそぐうほど、物腰穏やかで伸びやかな声をしたその男性。若い世代の奥さん連中が、何とはなく華やいだお声になるような、ちょっと見が端正で、体格も締まっていての頼もしい、なかなかな見栄えの男性であり。和やかさを含んで笑みにたわんだ目許の涼しさや、ともすれば女性的な形のいい口許なぞが、もしかしたらば芸能人かもと思わせる整いよう。髪や身なりも清潔で、野暮ったくはなく。何より、仔猫や子供を愛でる態度や口調の優しさや明るさが、誠実な人性を裏打ちしてもいて。こらこら、あんまりたかるとご迷惑ですよと、母親たちまでが寄ってゆくのに、さほどの暇まを要しなかったほど。そんな思わぬ来訪者があってのひとしきり賑わった、冬ざれた公園の、和やかな昼下がりの ひとこまだったのではあるが……。




次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ