■小劇場


□団欒でランララン♪
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 思わぬ乱入者…というか、強引に口寄せされた(…おいおい)、久蔵の先輩さんとやらとの出会いもそこそこに。夕飯へのお買い物も無事に済んだ、島田さんチの綺麗どころのお二人さん。まだ仄かな茜色の明るさが満ちた、黄昏に暮れなずむ町並みを。他愛ない話なぞしながら、のんびりとした歩調でとぽとぽと歩んで歩んで。ここまで入ると住人以外の車の通行も減って、至って静かな。何かしら大層な由緒があるではないが、真新しいということもない。そんな、どこにでもありそうな住宅街の奥向きに建つ、庭つきの二階家へと帰り着く。垣根を兼ねたキンモクセイの茂みからは、甘やかな香りが立って、二人を出迎えてくれており。玄関ポーチの脇に据えられた、元は火鉢だったらしい藍染めの陶器の鉢に植わった南天の柔らかな枝が、傍らを通り抜ける久蔵の、綿毛のような金の髪にちょっかいを出す。同じ金髪とはいえ、七郎次のそれが流れるたびに涼やかな金属音が聞こえそうなほどなめらかな直毛なのと違い、次男坊のはふわふわと軽やかなくせっ毛なので。以前にも庭に植えていた、あれはノウゼンカズラだったか、蔓の先が引っ掛かり、往生させられたことがあったっけ。
「ああ、そろそろ刈った方がいいのかもですね。」
 随分と入り組んだ枝を見て、七郎次が苦笑をした。お正月飾りにも使うので、そのためにも綺麗な枝が張るよう整理しないとと、はんなり微笑ってポケットへと手を入れ、鍵を取り出しかけたものの、

 「…。」
 「? どうしました?」

 久蔵がふと、頭上の宙を見上げるような素振りを見せる。何かに聞き耳を立てているような。いやいや、これは…。
「珈琲の匂い、でしょうか?」
「…。(頷)」
 インスタントなどではない、奥深い香りには覚えがあって。お隣の車輛工房さんからは作業の音がかすかに聞こえるから、そちらで誰かが一休みしている訳では無さそうと来れば。
「あ…。」
 二人、お顔を見合わせてから、鍵を開けようとしていたおっ母様が素早くドアノブに手をかける。自分が家にいないときは、在宅していても鍵をかけよと口うるさいくせに。縦棒タイプのノブがあっけなく動いて扉を開放したところから察するに、帰宅して家へと上がったたそのまま、施錠しなかった誰かさんだというのが明らかで。低めの小上がりになっている上がり框の前には、黒い革靴が揃えられており、これはもうもう間違いない。

 「勘兵衛様。」
 「おお、帰ったか。」

 パタパタ、スリッパを鳴らしながら廊下を進んで辿り着いたキッチンには。この時間帯に帰っているのはお久し振りの、この家の当主が立っている。スーツから着替えたらしく、精悍な筋骨の伺える、浅黒い肌と鎖骨の合わせが見えるほど、襟元に余裕のある白地のシャツに、裾が長いめの浅いチャコールのカーディガン。黒っぽいボトムは着馴らしたカーゴパンツ風のデザインパンツで、この年齢でそれらをシックに着こなせるのは、未だに上背のあるその肢体を、背条もぴんと姿勢よくバランスよく保っている見栄えのみならず。当人の落ち着きある存在感が、所作や表情、話し方などなどから滲み出るからに他ならない。

「お早いお帰りですね。」
「ああ、出先から戻ったのでな。」

 確か今日は、専務の介添えという立場にて、新しいプロジェクトで提携することとなっていた相手方の代表と、高級ホテルにて会合…という予定が組まれていたはずで。特に問題もないまま、とんとん拍子に運んだ末に、早めの解放を授かった彼なのだろう。年の頃なら、四十代後半辺りか。少々蓬髪っぽい縮れた深色の髪を背中の半ばまで垂らし、顎には髭さえたくわえているという、この壮年殿。一見、世間から退いた風流人か芸術家、はたまた文芸方面での人脈太き、辣腕プロデューサーかといった趣きさえある風体ながら。実は某一流商社の幹部秘書室を預かる、歴としたサラリーマンであり。こんな風貌の人物がそんな地位にあること自体、エスプリの利いた余裕のある企業だという宣伝代わりになっているとかどうとか。いかにも物静かそうな佇まいと裏腹、

“実は…デスクワークに向いてないってところは、今も昔も変わってない御方ですが。”

 それ以上はシークレットなので内緒内緒と、くすすと微笑った七郎次さん。肩から降ろしたトートバッグを調理台へと置きながら、おもむろに訊いたのが、

「で? この有り様は、
 一体何をなさってらしたんですか?」
「…うむ。」

 本格的な厨房というまでの設備や広さではないが、それでもこの家の主夫である彼が、日頃から整頓と清潔を保っている言わば“城”のような場所。天井間近い釣り戸棚から、流し回りの物入れ、食器棚に食料品の収納庫を兼ねた壁収納に至るまで。モデルハウスのそれよりかは生活感も滲んでいるものの、それなりにすっきりと片付いていた筈で。それが今は…あちこちの引き出しがきっちり閉まらず隙間を開けの、調味料類や小麦粉片栗粉などという買い置きのあれやこれやが配膳台にしているカウンターの上に雑然と並びの、日頃は使っていないクチ、お取っときの小皿や鉢といった食器が幾つか引っ張り出されてまでいて、結構な散らかりようであり、
「砂糖とティースプーンを探しておってな。」
 挽いてあるコーヒー粉やドリップ式のコーヒーメーカーは、毎朝使っているので場所も勝手も判っていた彼だったらしいのだが、それで淹れたコーヒーへ添える、ティースプーンだのコーヒーシュガーだのは、手際のいい七郎次が朝食の準備と並行させて、待ち構えるように用意してくれていたものだから。どこに収納されてあるものなやら、全く見当がつかなかった勘兵衛だったらしいのだが。
“そんなにも突拍子もないところに仕舞ってはないんですけれどもね。”
 何でもないものであればあるほど、探すのが下手なところはなかなか直らぬお人だなと、こっそり苦笑をしてから、気を取り直した七郎次。
「まさか、その上白糖をお入れになった訳じゃあ。」
「いや。どうしたものかと思っていたところだ。」
 カレー用の大きなスプーンを片手に、調理用にとコンロ周りに置いてあった壷を前にしていた彼であり。使っていけなかないが風味は少々違ってくるはず、間に合ってよかったと胸を撫で下ろし、
「後はアタシが。」
 リビングの方でどうぞお待ちくださいませと、多くは言わぬまま にっこり微笑って見せることで、撤退していただくことにする。これ以上彼の仕事を増やすのは得策ではないと、そこは勘兵衛の側でも判っていたらしく、
「では、頼むとするか。」
 素直に手を引き、主役交代。食事をとっているリビングダイニングとつながっている、刳り貫きの方へと足を運びかかった彼の視野に入ったは、

 「…。」
 「おお、久蔵か。」

 廊下途中の収納庫へ3パックものトイレットペーパーを放り込んで来たらしい次男坊。いつもなら丁寧に収めるところだが、今は気が急いていての取り急ぎ。少々乱暴な扱いになってしまったらしくって。そうまでバタバタしもってやって来た間合いに、丁度こちらへとやって来る壮年殿を待ち構えたお顔は…相変わらずの無表情であったものの、

 「どら。顔を見せてくれぬか。」
 「…。(頷)」

 やや大仰な言い方をされたのへ、素直にお顔を上げて見せる。七郎次よりも上背のある勘兵衛なので、久蔵からは並べば自然と見上げる相手。そんな彼の白い頬をするりと包み込むようにくるんだは、厚みがあって大きめの、いかにも力強い手のひらで。乾いて暖かな感触に、
「〜〜〜。////////」
 ちょっぴり照れてか、その頬を染めた次男坊へ、
「何とも久しいな。今月に入ってからはすれ違ってばかりおった。」
 低められると柔らかに響く、落ち着いたトーンの深みのある声が、言葉でも慈しむようなそんな言いようを囁いて。残業続きの勘兵衛が日付が替わるころに帰宅すれば、あまり夜更かししない彼は既に寝入っており。朝は朝で、とんでもなく早く起きての、とっとと登校してった後だというパターンが続いているので。同じ家に毎日帰って来て、寝て起きてをしていながら、ずっと顔を合わせぬままという奇妙な数日間を過ごしていた間柄。よしよしと大きな手で綿毛を撫でられるのも、いたく気持ちがいいらしく。されるがままになっていた久蔵、
「〜〜。///////」
 すぐ目の前の広い懐ろへ、じいっと視線を留め置いていたのも一刻。そのまま…ぽふんと凭れかかるようにして、擦り寄るように頬を埋めて来た彼の。そうそうは見せない筈な甘えっぷりに加えて、さして負荷にならない痩躯の軽さが却って、養い親御のその胸の内側へと何かしらを伝えて じんと響いたらしくって。

 「久蔵っ。」
 「〜〜〜っ☆ ///////////」

 よもやそのまま ぎゅうぅっと抱き込められるとまでは思わなんだか。触ると判る頼もしい腕にて抱きすくめられの、懐ろの奥深くへ閉じ込められて、

 「〜〜〜っ、島田っ。」

 今更じたじたともがきかかる慌てっぷりもまた可愛いったらなくて。
“進歩した方ですものね、あれって。”
 勘兵衛も七郎次も、彼のことは小さい頃から知ってはいたが、同居を始めたのは昨年からのこと。その以前から既に、無口で表情も乏しかった彼であり。年に数えるほどしか顔を合わせぬ遠縁の存在に、それでも懐いてくれたのが切っ掛けであったとはいえ。頑ななのではなく、表現の仕方を知らぬのだと判るまでが結構長かった。その後、最初は怖ず怖ずと、そして今では…。

 「島田、苦し…。」
 「これ、何度言ったら覚えるのだ。」

 にんまりと微笑って見下ろす精悍なお顔に、何を求められているのかは承知の久蔵。承知だからこそ…照れが先走っての口ごもるのへ、

 「〜〜〜。/////」
 「どうした。」

 からかうような、それでいて励ますような。あくまでも柔らかいトーンのお声が、頬をつけている胸板からも直接響く。粗く編まれたチャコールのカーディガンにくるりくるまれ、男らしい野趣あふれる暖かな匂いにもくるまれての。余裕ある胸元へと埋もれたまんま、外からやっと見えている耳の先を真っ赤に染めて。

 「……かんべえ。////////」

 小さなお声で返す稚(いとけな)さには。勘兵衛のみならず、キッチンを手際よく片付け始めていた七郎次もまた、思わず頬へ口元へとこぼれる微笑が絶えないほど。人に慣れのなかった彼が、ささやかずつ、それでも精一杯、甘えてくれるそんな様子が、どれほどの温かい喜びをこちらへも返してくれていることか。喜びが嵩じるあまり、

 “妬けちゃいますよね、実際vv”

 久蔵には自分へだけ甘えてほしいのか、それとも。隣の芝生は青いのたとえじゃあないけれど、自分への懐きようより親密に見えるのとそれから。勘兵衛様と度を超して睦まじくされるのだけは、ついのこととてちょいと悋気を呼ぶものか。時折、ちりりと胸が突かれることもなくはなかったが。
“どっちにしたって大人げないか。”
 軽く自分の頭をこづいた七郎次、そのまま家族らの方へと振り向くと。

「ほらほら、二人ともリビングまで撤退してくださいませ。
 久蔵殿は制服を着替えてくる。」
「おお、そうであったな。」
「…。///////(承知)」

 これから夕飯の支度というおっ母様の邪魔だけはいただけない。すたすたと出てゆく二人の背中を見送って、さてと殊更に力を入れての腕まくりをした、金髪長身、良妻賢母なお兄様。平たい鍋と、ゴボウに土ショウガ。玉子に干し椎茸に、むきエビと三つ葉。蒸し器を出して、えっとそれから。段取りを組みながら流しへ向かうそのお背(せな)へ向けて、調理開始へのゴングが鳴ったようでございます。
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