短篇小話 2


□ポケットの中には…
1ページ/2ページ



 例年ならば、稲の刈り取りに忙しいはずの秋も末。収穫の嬉しさもその端から憂鬱・気鬱になっていたものが、今年の神無村はそれは溌剌とした活気に満ちており。この秋こそは野伏せり許すまじとの気概も激しく、その対策へとご招待したお侍様それぞれが、指揮や指導を担当する作業や仕事も、着々と形になりつつあって。さあ いつでもいらっしゃいと、衰えを知らぬ鋭気の方も、日に日に勢いが増すばかり。

 それと同時進行で、もうすっかりと村の勝手にも慣れたようなのが、お侍の皆様方。達者な足取りで颯爽と歩いているお姿へ、

 「シチロージ様。」
 「詰め所へお戻りか?」

 村人たちから名指しのお声が親しげにかかるほど、それはそれは馴染んで来られている模様。そんなお声へ、こちらからも愛想のいい笑顔で目礼を返していた、金髪長身の槍使い殿だったが、

 「…おや。」

 石垣を積んでいた現場から、家並みが連なる広場まで。たかたか戻って来た彼の目が、すすすっと引き寄せられた先。いつもだったら、村の男衆たちが、そろそろ様になって来た良い姿勢で、きっちりと手順を踏んでの正確に。的へと目がけ、次々に矢を射っている場所…なのだが、今はちょいと風景が違う。いつもなら整然と並んでいるものが、それぞれ てんでバラバラに散っており。練習熱心な、これも成果のうちというものか、的にしていた藁づとが傷んでしまっての交換中であるらしく。指導役のキュウゾウもまた、手づから新しい的の設置をこなしている模様。生徒たちもよくよく躾けられたもので、手隙な者もただぼんやりと待ってはおらず。それぞれの弓の弦の調子を見て、張り替えていたり、藁づとから抜いて回収した矢の中から、傷みの激しいものを取り退けたりと、各々がきちんと何かしらの仕事をこなしており、

 “おやおや♪”

 寡黙が過ぎて、威圧的だと勘違いされ、怖がられてばかりいるのではなかろうか…だなんて、当初は心配もしましたが、そんなのとんだ杞憂だったようですね。キュウゾウ様キュウゾウ様と、慕われてさえいるようですしvv ………って、あれれぇ?

 「…っ。」

 よくよく見れば、手際よく動いていた手が止まっている。微かながら眉を寄せ、指先を口許へと運んでおり。そんな…常にはない様子の彼へと、案じるように集まりつつある皆様なのだと気がついて、
「ちょっと、通して下さいな。」
 住民の皆さんへは、どうせ“大事ない”としか言わないお人。だからと敢えて、声を張り、皆さんを掻き分けるようにして進み出たシチロージであり、
「見せて下さい。」
 利き手の人差し指の横っ腹。口許へ当てているのは、薄っすらと血が滲んだかららしく。ほれと手のひらを上へ向けて延べ、見せてと催促の仕草をして見せれば、
「…。」
 赤い目がちらりと泳いだものの、抵抗はせずに委ねてくれて。そぉっと掴んで検分すれば、彼ほど白い手には鮮烈がすぎる赤が、指紋に沿って広がりかけており。染まっているその下に傷口があるのだろうとの目串を刺すと、捧げ持ったその手へと、躊躇なく唇を当てる。

 「…。////////」
 「ああ、これは…。」

 舐め取った血の下から覗いたのは、少し大きめ、藁か縄に紛れていた木片の、棘が突いての怪我らしい。騒ぐほどのものではないが、彼にとって手は宝。化膿させてはいけないと、そこは速やかに断じて、
「詰め所まで参りましょうね?」
「…っ。」
 有無をも言わさずの連行と運ぶ辺りが…やっぱり過保護です、おっ母様。(苦笑)




次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ