短篇小話 2


□早朝一景
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その背中が視野に入ると、つい、
引き寄せられてしまうのは
どうしてなんだろう。

 「…。」

ぽそりと頬を乗せると
なだらかなのが判る肩。
近づく気配が判らぬ人ではなかろうに、
警戒もせず、驚かず。
力まない肩はいつもと同じで
やあらかくて温かで。
やっぱり温かいお背(せな)も、
胸元のすぐの間近になってて、
そこからもヌクヌクが伝わって来て嬉しい。

 ― キュウゾウ殿?

ぎゅって捕まえたりしちゃ悪いかなって、
そこはさすがに遠慮しての我慢。
動かぬようにと
二の腕を掴んだりまではしない。
だって、
そんなしなくても逃げたりしない。
甘い温みといい匂いと、
じんわりと身に染ませたくて
寄り添ってしまう。
そんなこちらの気が済むまで、
じっとしていてくれる人。

 「…。」

でも、
そぉっと手を伸ばそうとすると、

 「…元結いは、ダメですよ?」

クスクスと笑いながらの
牽制の一言がかけられるから。
何で判るのかな、凄いなぁ。
やんわり制(と)められるから
髪へはさわれない。
咎められたの誤魔化すみたいに、
お肩へ額を擦りつけると、
何でも出来るやさしい手が
髪を撫でてくれるのが嬉しい。
見上げれば優しい眸は青、
そんな目許を細めての笑顔もきれい。
視線が重なったのを確認して、

 「おはようございます、
  キュウゾウ殿。」

 「……… うん。」

身じろぎみたいな頷首しか返せなくとも、
ちゃんと聞こえましたよと、
嬉しそうに笑みを濃くする
やさしいひと。大好きなひと。
微笑ましいことよと
眺めやる眸もあるけど気にならない。
それどころか、
シチを見初めたことだけは、
島田を褒めてやってもいいと、
お礼を言ってやってもいいかもと、
結構本気で思っている、
キュウゾウさんだったりするのです。





*  *  *


特に気配を殺しもしないで、
それは無造作に入ってくる。
こちらが気づいていること、
あちらでも
恐らくは気づいているそのまま。
力むでなく、躊躇(ためら)うでなく、
真っ直ぐ近づいてくれる気配が、
どうしてだろうか、
気が逸るほど嬉しい。
人には懐かぬ気高さが美しい、
しかも危険な生き物が、
馴染んでくれたというような。
もしやせずとも
キュウゾウ殿にはちと失礼な、
でも、あえて言うならそんな感触。
北軍随一
気難しいと評判だった誰かさんが、
実は笑いもすれば
稚気もあったのだと知った時のよに、
胸のうちが無性にくすぐったくなって、
声を立てたくなるほどで。
特別なのにそれが普通だなんて、
こんな優越は格別だから、
驚いて飛んでいってしまわぬように、
最初のうちは堪えるのが
そりゃあ大変だったっけ。
強情そうで、
利かん気そうに見えたのも
見かけだけ。
慣れないままにおどおどと、
それでも甘えてくれる、
ホントはこんなにもかあいいお人。
何が気に入ったか、
すぐにも元結いを解こうとするから
それだけは、

 「…元結いは、ダメですよ?」

牽制すると手が止まるのもまた、
幼子みたいで他愛なく。
咎められたの誤魔化すみたいに、
お肩へ額を擦りつけ、
手を延べて撫でれば
逃げないのでそのまま、
綿毛みたいな髪へ
触らせてくれるのが嬉しい。
肩越しに見遣った綺麗な眸は赤、
そんな目許を揺らす含羞みが
また愛らしくて。
視線が重なったの確認し、

 「おはようございます、
  キュウゾウ殿。」

 「……… うん。」

小さなお声で、でもちゃんと、
受け答えをする律儀さよ。
カンベエ様が苦笑混じり、
毎朝微笑ましいことよと
眺めていなさるが構わない。
それどころか、
こんなかあらしいお人を
見初めただけでなく、
引き込んでしまった
相変わらずのたらしっぷり、
今回ほど
ありがたいと思ったことはないなんて、
結構本気で思っている、
シチロージさんだったりするのです。





  〜 どさくさ・どっとはらい 〜

  07.4.15.



キュウゾウ殿『お母様への朝のご挨拶』篇でした。(笑)
戸外で仮眠するキュウさんへ、せめて、
弓の習練を始める前、朝餉をとるのも兼ねて、
毎朝顔を見せに来なさいねと、そんな言い付けをしたおっ母様。
カンベエ様の威を着ない、
でも、逆らえるものならやってみなさいという強腰に、
知らず負けたキュウさんだったりし…と、
ついつい妄想してしまった春の朝でございます。


 

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