大戦時代捏造噺


□仕置きにて候
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 ―― 御主は ただ黙したまま、
  全てをじっと静観してらした。


官舎を見下ろす夕空は、
鈍色の雲が重く垂れ込める、
雨催いの曇天で。
それでなくとも陽の射さぬそこは、
そもそも柔術や格闘全般用の
屋内訓練場であり。
大人数が集まっていようが、
立ち騒いでいようが、
そうそう不審を招くことはない場所。
多少の悲鳴が上がったとて、
良くも悪くも
軍という閉鎖的な場所であるがため、
気合いを入れるための折檻、
もとえ“矯正教育”という名の下、
むごたらしい暴力も
今更少なくはないことと黙視され、
誰ぞが飛んで来てまで
制止するということは まずはなく。

 「だから、
  どんなに わめこうが騒ごうが
  無駄だ。」

 「そうそう。
  助けなんか来ないぞ。
  覚悟しな。」

 「…っ。」

自分を取り囲む輪の最も手前に立つ、
年長な隊士二人が、
言い聞かせるように
そんな言いようをし、
しかも、

 「…。」

すがるような眼差しで
助けを求めるように見やった先、
総員の背後の壁際に
立っておられた御主もまた、
肯定も否定もなさらずの、
すげない無表情なまま、
厳粛なお顔で
ただただ立ち尽くしておいでだ。
こちらの彼の
そんな様子に気づいたものか、

 「何だ、勘兵衛様に哀訴か?」

僭越なということか、
忌々しげな声で畳み掛けられ、
そんなことは…と
鼻白んでみせれば。
怯んだように後じさりをする彼の、
まだ幼さの残る肩を、
ぐいと荒々しく捕まえた
大柄な隊士が、

 「言っておくが、
  こたびの仕置きは
  勘兵衛様にも
  了解を取ってあるのだ。」

だからこそ
ご同座いただいておるのだと
無残にも言い放ち、
そのまま
それが合図にもなった模様。
周囲の輪が
いきなり目覚めたかのように
動き出し、
取り囲まれていた
年若い隊士の身へと
四方から掴み掛かる。

 「…っ。」
 「ほら、大人しく捕まえられよ。」
 「抗うだけ
  無為無駄というものぞ。」

何本もの腕に、
二の腕を、肩を捕らえられ、
背後からも
脇や腕の付け根を捕まえられて、
強引にも羽交い締めにとされかかり。

 「く…っ。」

同じ隊の先輩様方とはいえ、
有無をも言わさずという、
その仕打ちのあまりの無体につい、
抵抗のもがきが出てしまう。
身をよじり、足元を蹴上げまでして、
皆様を振り払おうと
暴れかかったものの。
相手もまた慣れたもの、
さして動じもしないまま、

 「ほらほら、
  大人しくしなせいまし。」

 「我らとて、
  このようなことは
  しとうないのだ。」

尚の手が伸び、
要領よく抵抗を封じにかかる。
胴に腕を回して動けぬようにする者、
屈み込んでの、
脚をそれぞれに捕まえる者もいて、

 「…っ、いやだっ。
  許して下さいっ。」

日頃は強気な
跳ねっ返りであるものが
信じられぬほど、
今にも泣き出しそうな
悲壮な声を上げても、
誰とて聞いてはやらず。
それどころか、

 「おい。舌を咬まぬか?」
 「おお、そうだの。
  恐慌状態だ、それもあろう。」

がんじがらめに捕らわれて、
それでも身もだえする若い隊士へと、
自傷されては問題ぞと、
手ぬぐいを口へ
回しかかる者があったれど、

 「まあ待て。
  そうされては、
  ここからの手を掛けられぬ。」

 「おお、そうであったな。」

 「済まぬ、失念しておった。」

慣れているのか、
上着を取っての腕まくりという恰好。
一人、輪から外れて
手際よく支度に掛かっていた
先輩隊士が、
此処で歩みを運んで来れば、
他の皆様方が、
意を得たりと身構えて、
総出で捕らえていた新入り隊士を、
肩を押し、膝を折らせての、
やや力づくにて座り込ませる。
その前へと立ちはだかった彼が、
冷たく言い放ったのが、

 「さあ、口を開けな。」

誰への言葉かは明白で。
だが、ここまでは
イヤだイヤだと抗っていた後輩隊士、
こんな屈辱はあろうかという、
最後の意気地がたぎったか。
此処に至っては
ぐうと唇を噛みしめ、
意地でも従わぬ構えを見せる。
逆に見開かれた眸が、
上等な玻璃玉みたいに美しく。
強情な意志の力に力んでのこと、
真っ向から睨みあげてのそれなのか、
それとも…哀願の涙に潤んでいるものか。
まだ幼さの残りし造作のお顔へと、
いかにも痛々しい表情を浮かべる
青年隊士だが、

 「頑固な奴だが、良いか?
  これはお主のためでも
  あるのだぞ?」

今にも手を掛けんとする先達の、
言い諭す声には迷いの色なぞ微塵もない。
そればかりか、

 「…。」

そんな彼らを見守る
勘兵衛様の見せた所作が、
こちらの青年を絶望させる。
伏し目がちになったまま、
小さく目顔で頷かれたあの所作は、

 ―― 早よう済ませよ、
   との合図に他ならず。

信じられないと
呆然となった隙を衝かれたか、
肩を揺すぶられた拍子に
口元が開いて、

 「よしか?
  すぐに済む、
  大人しゅう我らに任せよ。」

 「…っ。いや…いやですっ。
  勘兵衛様っ。
  どうか…こたびはお慈悲をっ、
  お慈悲を下さりませっ!!」

痛々しい金切り声さえ、
ここは相手の思う壷。
あっと言う間に、
やはり数人がかりにて、
まだまだ線の細い、
華奢な顎を掴まれて。
じきだから我慢しなされと、
ますますと人手が増えての
押さえ込まれて。
恐らくは、入隊以来初めて、
人前で涙した彼だったのかもしれない、
悲痛な“儀式”が
執り行われたのであった。





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