■千紫万紅 〜賞金稼ぎ篇 2


□月影 冴えて…
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森羅万象、全てが眠りし深夜の刻。
皓月の冴えたる天蓋を負うた、
昏き森の中を駆け抜けるは、
一陣の疾風。
夜陰の藍に黒々と浸された中、
ただただ翔るは白き衣の偉丈夫で。
深色の蓬髪を風になぶらせるままにして、
彫の深き精悍な面貌を、
尚のこと いかつくも
堅く凍らせての疾走は、
この世のものとは思われぬ
殺気に満ちても見えて。
さながら、鬼の行脚か夜叉の彷徨か。
日頃の鷹揚な落ち着きを
すっかりとかなぐり捨てての、
それほどまでの真剣必死で、
道を急ぐ彼なのは、
懐ろへと抱えた存在のせいでもあろう。
綿毛のような金の髪を
ふわりゆさりと揺らしているが、
意識はないものか
その顔容も日頃以上に凍ったままだ。
まぶたを降ろした白面に、
月光がかかるのさえ忌まわしく。
苦しげな容体の現れか、
眉間の微かに寄った様が、
常の彼には見られぬ表情だったから。
飛び抜けての痩躯なのは判っていたこと。
だってのに、
こうして抱え上げれば、
何とも頼りない重みなのが
却って痛々しくて。
長きにわたったあの大戦の折、
どれほどの窮地や死線に相対しても
心揺るがなかった大将だったはずが、
それが今は、
言いようのない焦燥が
その胸きつく締め上げていて、
そりゃあもう
苦しくて苦しくて堪らない。
目に見えぬ物に追われ、
形の無い物へすがっての、
なりふり構わず、
ただただ駆けるしかない
不器用な我が身を呪い。
懐ろへと掻い込んだこの存在、
失くしてなるか奪われてなるものかと、
必死の形相でひた走る。

 “今少し、待っておれ。”

その身ごと双腕へ掬い上げるようにして、
からげ上げたる紅の衣紋。
その長い裳裾が風にたなびく様は、
さながら…壮年殿の白き衣を染めての
滴り落ちる血潮にも見えて。
不吉な道行きは
何から発したそれであるやら、
そうして、
其処からどこを目指しているものなやら。
全てを見ていたはずの煌月も、
無言のままに彼らを照らすばかり。






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