■寵猫抄 2

□カボチャ煮えたか、お芋はまだか
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夕暮れの空が、
日に日にその襲(かさね)のぼかしの
あでやかさを増してゆく。
薄茜から淡藍へかけての
グラデーションが、
何とも絶妙な秋の半ば。
それをしみじみ眺めておれば、
あっと言う間に陽は落ち、
シルクのような感触のする夜が来る。
秋の深まりとともに
冷ややかさは厚さを増し、
やがてはビロウドのなめらかさを
おびるのだろ夜陰の中、

 「………?」
 「よお。」

昼間のうちにもお顔を見せたお友達。
今はすらりとした痩躯を
七彩の衣にくるみ、
厚絹の上着をまとった彼は、
仔猫でいる間は
付き合いよくも黒猫の姿で逢いに来るが、
記憶の封を解いたら
凄腕の大妖狩りでもある久蔵に、
負けず劣らずな実績誇る、
邪妖狩りの同輩で。

 「昼間に訊いとったろが。」
 「……ああ。」

このところの家人二人が
やたらと口にするのが、
はろいんとかいう耳慣れぬ単語。
季節に即したまじないか、
それとも今時はやりの何かの名前か。
昼の間は小さな仔猫に
身をやつしている自分には、
何とも確かめようがなく。
謎解きに関わり合いのあることか、
カボチャの煮付けだの、
菓子だのを食すたび、
ますますのこと口にのぼっては、
“じきですねぇ”
“そうさの じきだの”と、
彼らだけにて
言葉少なに判り合っておいで。
それが今イチ判らぬと、
小さな坊やは不満げで。

 『まま、
  俺らには直接関わりのないことだ。』

嘘ではない範囲で、
だが、微妙に曖昧な言いようをし、
仔猫でいるための記憶の封を解いたらば、
果たして何か
思い出せる久蔵かどうかを
確かめに来た彼だったらしいのだが。

 「?」
 「…まあ、
  我らの領域からは
  微妙に外れるところの話だからな。」

キョトンとしているところを見ると、
やはりそもそもの知識からして
なかったらしい。
そこでとあらためてのご説明、
同輩の兵庫殿が言うには、
西洋の宗教上の話に
関わっていることなのだとか。

 「そちらの宗教の教えによれば、
  日本の盆にあたるのが
  10月の末日の夜中でな。
  冥府の扉が開いて
  そこから亡者が
  現世へまであふれ返る。」

道連れほしさに奇禍をもたらすだろう
亡者たちを追い返すべく、
生者たちは魔物への扮装をし、
悪魔が嫌うほどの
“嘘つき男”のランタンを
カボチャで彫る。
そこまでの説明に、
夜風も吹かぬに金の綿毛がそよと揺れ、
白い手へと白い拳が
ポンと打ち鳴らされたは、

 「カボチャ。」
 「ああ。食べもするが大元は、
  お主が昼間、
  隠れんぼうに使っているあれだ。」

何でまた、
食べるものを外においているのだろと。
……いや中身は
コロッケにしていただいたけれど。
それでも、あの、
物を大切にという
古風な躾が行き届いている
七郎次にしては、
何とも不可解なことをするものだと
思っていたのだが。
今やっとそれへの合点がいったらしい、
玲瓏透徹な風貌の大妖狩りは、
その身の
鞭のようにしなやかな見栄えや
有り様のそのまんま、
双刀の扱いは、
稲妻のように鮮やかで、
鬼のように凄惨だのに。
それ以外への事象へは、
幼児以下級の
とんと無知なので困りもの。

“その
 カボチャのランタンにしたって…。”

庭へと持ち出されたのは
数日前のことであり、

 『あっ、これ久蔵っ。』

彫ったばかりな
ジャック・オー・ランタン、
色白な家人がテラスへと出したのへ
さっそく近寄った仔猫様。
作業中のずっとを、
勘兵衛のお膝に引き留められての
覗くことさえ許されなくて。
仕上がったら遊びましょうねと、
シチがゆったの。
だからね、遊びに行ったのに。
日陰の、でも風通しのいい一番手前、
ポーチの端っこに置かれた
大カボチャ。
ちょろちょろっと
軽やかに駆け寄ってみると、
仔猫の総身の
何倍もありそな大きな代物で。
刳り貫かれた上の入り口へ、
よいちょと足かけ顔を突っ込み、
とさんと中へもぐり込んだはよかったが。
微妙に青々しい匂いのする
黄色の空洞は、
まだ少しほど湿っており。
乱食い歯の口許をかたどった口から
お外を覗けば、
大慌てで七郎次が駆け戻って来ての、
引っ張り出され、
しかも“あわわ”と
たいそう驚かれてしまって。

 『ど、どうしましょうっ、
  勘兵衛様っ!』
 『慌てるな。
  とりあえず風呂へ入れよう。』

にゃ? 何でなんで?
昨日入ったばっかだよ?
今日はまだ
お外にも出てないのにどして?
身を乗り上がらせるべく、
小さなお手々で
シチの胸元にてんと手をつけば。
淡色のシャツに
かすかに足型がてんとついて…。

 “あ…。”

カボチャの中身と同じ色。
どうやら仔猫の体中、
顔と言わず頭と言わず、
手足や尻、背中に肩に、
黄色の果肉が
塗すくられてしまったらしくって。
メインクーンの仔猫の姿でも
痛々しい惨状だったのにかてて加えて、
家人お二人に限っては、
白っぽいフリース着た
幼子に見える和子なだけに、

 『にゃーっ、ふぎゃーっっ!』
 『これ、逃げないの。
  まだ足の裏を洗ってな…
  勘兵衛様っ、
  そっち行きましたっ。』
 『おうさ。』
 『みゃあぁぁあぁっっ!!』


   ……まあ、
   お風呂で洗われたら
   すっきりと落ちましたが。



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