■寵猫抄 2

□秋庭迷宮
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 さすがに十月を半ばまで過ぎれば、朝晩の空気の冴えも本格的に秋めいて。どこからか香るは、キンモクセイの甘く華やかな匂いだし、玻璃越しのような高さを呈す、空の青に殊更 映えるは、梢に実った柿の明色。山野のような錦景は、なかなか見られぬ町なかなれば、そんなささやかなことででも、ふと足とめて見入るには十分な秋の訪のいで。

 「そういえば、
  陽射しもどこか
  金色なんですよね。」

 夏のそれは、強くはあるけれど物の色合いをそのまま見せていた感がありましたが。このところの陽は、黄昏どきでもないうちから、照らすものへと片っ端から金色の紗をかけているような…と。見回す周囲の秋めきの様子を語る、うら若き家人の言へ、

 「儂なぞより
  余程のこと叙情的な言いようを
  するのだな。」

 なかなかのものぞと、目許細めて微笑って見せる勘兵衛だったりしたものだから。あわわ、とんでもありませぬと、体の前にて双手を振って見せ、竦み上がった七郎次。何せ御主はそれを生業にしている職業作家で、それは即妙で、聞いて すとんと納得のいくような、物事の輪郭やありよう表す、言葉や言い回しを一杯知っている。さして世間を知っているようにも思えぬのに、人の心の機微や綾、お見事に表現出来てしまう御仁であり。そんなお人からすりゃ、こちらは素人も同然な身。何をおなぶりあそばすかと、秘書殿が真っ赤になってしまっても無理はないというもので。

 「みゃん?」

 そんな二人のやり取りを、ゆったりした構えで座していた勘兵衛のお膝に、ちょこなんと抱えられたまま見上げていた小さな仔猫。主人とはまた別な落ち着きをたたえた、日頃のもの柔らかな態度・物腰を振り払うほど七郎次が慌てたのへと、何だ何だ?と小さな頭をふるるっと震わせ、次には かっくりこと小首を傾げて見せたので。

 「〜〜〜〜。////////」
 「…ああ、そうさな。」

 どうしたの?と会話に加わりたがっている、小さな肩をし、年端もゆかぬ可憐なおチビさんの愛らしさへと。思わず こちらさんもそのなで肩をふるると震わした、女房殿の相変わらずの反応こそ愛おしく。島田せんせい、深色の目許をやんわりとたわめると、味のある苦笑をこぼした中秋のひとときでございます。




     ◇◇◇



 ほんに随分と秋も深まって来て。いつの間にだろ、日なかであっても上着がないと少々冷えるほどともなって来た。そうともなれば、

 「〜っ、」
 「ありゃ。」

 リビングのすぐお外、家屋の周縁にセメント打って設けた“犬ばしり”の延長のようなポーチや、まだ瑞々しくはある芝の上に、そろそろ色づいたのが落ちている、枯れ葉なぞが目に着く頃合いにもなっており。さかさかと手際よくホウキを動かし、掃き除いていた七郎次の周りで、そんな枯れ葉が風に煽られ躍るのへ、赤い眸が誘われてのつい、金冠いただくふわふかな綿毛のような髪を揺すり、小さな四肢をぴょこぴょこ弾ませては、追っかけて遊んでいた小さな和子が。細っこい肩をすくませて、くちゅんと可愛らしいクシャミをした。埃がお鼻をくすぐったのか、それとも風に当たって寒かったのか。何せ坊やは見るからに薄着。つい最近、半袖半ズボンから袖や裾の長いのへと衣替えも済んでいて、一応はフリース風の質感のあるそれへと変わっていたものの。インナーを重ねているじゃなし、それがそれだけ一枚きりなもんだから。実際の体感はどんなものかが判らぬのが焦れったいと、先の冬場も案じていた七郎次にしてみれば、

 「久蔵、
  もしかして寒いんじゃないか?」

 ついつい身を屈めるようにして傍らまで寄ってやり、そんなことをご本人へ訊いてみる。これが普通の和子ならば、この年頃でもそりゃあ色々な衣類がある。大人顔負けにおしゃれなものも機能的なものも、着られるものならナンボでも取り揃え、片っ端から着せてやりたいところだが、

 「にゃあぁん?」

 すべらかな頬にかかってた、軽やかなまでに細い質の髪の裾。何とも無造作な所作で、手の甲こすって押しのけながら、小さなお口をぱかりと開いて、甘やかなお声が紡いだは、そちらからこそ“何のお話?”と言いたげな抑揚の…仔猫のそれだ。そちら様も丸ぁるいお団子みたいになっての屈み込んでいたところから、よいちょと立って てことことした幼い歩みを運んでくる坊や。
七郎次の眸には、自分の腰までも背丈のない、小さく幼い坊やにしか見えぬのに、実はその本体、彼自身の手のひらの中にさえ収まるほどの、小さな小さなメインクーンの仔猫。眠いのねむねむと、柔らかい毛並みをまとったその身を丸めでもしたならば、女子が大活躍した球技のソフトボールより、もしかせずとも小さめの、儚いほどに軽くて小さな、可憐な存在だったりするので。その身へとまとうのも、原則としては自前の毛皮だけ。彼には鏡を通して見られるところの、キャラメル色の毛並みは確かに暖かそうだし、小さな仔猫には似合いで、且つ、快適なんだろなと思えなくもないけれど。
じかに見る久蔵坊やは、5つくらいの幼い坊や。それが…いくら暖かい素材のものとはいえ、薄手のセーターもどき一枚でいるのは、何とも寒々として見えて。

 “ホント。
  そこんとこだけが不便だよねぇ。”

 このままお風呂というのへは、このごろ やぁっと慣れつつあるけど、クシャミが聞こえちゃあやはり落ち着けない七郎次。手早く落ち葉を集めてしまい、ポーチの片隅へホウキを立て掛けて片づけると、さてと坊やをひょいと抱え上げ、

 「もうお家へ上がろうな。」
 「みゅうい?」

 鼻先で淡い蜜色に燦くは、自分のそれにも似た金の髪。赤みの強い双眸のうるるんとした潤みといい、一丁前にも先の つんと尖った、甘い緋色の口許といい。いつまで眺めていても飽き足らないほど、可愛らしいったらありゃしなくって。
小さなお手々に、寸の詰まった腕や脚のバランスもそりゃあ可憐で、こんなまで愛らしい坊やだもの、いろんなお洋服もさぞかし似合うのだろに。実際は小さな仔猫であるため、何をかぶせても細い肩には引っ掛かりもしないで、そのまま足元へすとんと落ちるばかり。せいぜいケープくらいしかまとえぬ不便さよ。
羽二重餅のようにふやふかな感触のする小さなお手々が、こちらのお顔、頬や顎先へちょんちょんと触れて来たのは、もしかしてまだ遊びたいと言っているのやもしれないが、

 「今日は少し寒いからね。
  そうそう、
  ケープを出して来よっか。」

 腕へと抱えての向かい合い、甘いお声で囁きかければ。間近に寄ったお兄さんの美麗なお顔がほころんだのへと同調してか、小さな皇子が“はうぅ////”と嬉しそうに微笑ってくれたの確かめてから。沓脱ぎ石をひょいと上がり、リビングの陽だまりへと坊やを降ろして差し上げ、ここで待っててねとお隣りのお部屋へ。
坊やのケープやマントを収納している引き出しタンスが一丁前にもあるところへと、足早に向かってった七郎次。その すらりとした足の運びを、小さな顎を仰のけ、大人しく見送っていた仔猫様だったのだが。

  ―― さわっ、と

 背後になった庭先に、何かが揺れた気配がして。年中を通して花や色づき楽しめるようにと、様々な種の木々が植えられてある。今だとキンモクセイの木立や萩の茂みが花の時期。サザンカにも蕾の兆しがつき始めており、つやつやな葉の重なりが秋の陽を弾く張りようの、何とも勢いがいいのが望めるのだが。

 「…にあん?」

 裾のまとまりが悪いため、どうかすると小さめの肩を覆うほど 嵩のある綿毛の髪をふるんと揺らして、小さな仔猫が肩越しに見やったお庭には。秋の陽の金色とはまた別な、チカチカ・きらりん、光の粒がふわりと躍ったように見えたので。

 「???」

 風が吹いた訳でもないのにね。
 何だろ何なに? 何か呼んだ?
 ときどきアゲハ蝶とか迷い込むけど、
 今日はそれも見てはなく。
 そういや、スズメのお声も聞こえない。
 シンと静かなはずなのに、
 何かの気配がするような。

 「…、っ。」




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