■寵猫抄 2

□ゲージュチュの秋なのvv
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  春は桜、夏には緑、
  秋は錦景、冬は…雪の白?


 空の青みがずんと澄んで来て、ご近所の生け垣からキンモクセイの華やかで甘い香りがそよいで来。最近は規制が厳しくなったので久しくなったそれだけど、昔はここへ、落ち葉でも燃してのものか、ちょっと焦げ臭い焚き火の匂いもどこかから届いたのが、

 「何とも言えぬ、
  秋の訪のいって雰囲気を
  醸したものでしたねぇ。」

 里山広がるというほどの片田舎じゃあない、むしろ都心に間近い住宅地だが。それでもほんの十年ほど前までは、秋といやそんな風の匂いがした。庭の模様替えやそろそろ落ち出す立ち木の枯れ葉の始末にと、生ゴミに出すまでもないと、各家の庭の片隅でちょちょいと燃やしたもんですが。

「今時の家屋の事情ではの。」

 ダイオキシンとやらが発生するからというのが、具体的な禁令の決め手となったらしいが。それ以前からも、匂いや煤を嫌がるお宅が抗議をしての、ご近所迷惑騒動の火種になって来ていたらしく。物干しさえ確保出来ぬようなこじんまりした庭や、窓を開けりゃあお隣りから丸見えというほどにも、隙間なく土地を埋めまくる家屋の建てよう。隣家の晩餐が換気扇からの匂いで判るほど、そうまで切迫した距離感じゃあ、情緒がどうのなんて、成程 言ってはいられないものかも知れず。はたまた、家人にも煙草を吸うなと徹底させて、ばらの香りにピンクレースで統一したファンシーなお部屋へ、ニンニク臭いホルモン焼きの匂いや、サンマの塩焼きの匂いがなだれ込んで来ちゃあ、何もかも台なしなのも頷けはする。

 「まま、この辺りは
  古くからの住宅街
  なのでしょうから。」

 荘厳な大門に古風ななまこ塀の蔵つきという、古式ゆかしい日本家屋が軒を連ねる、いかにもなお屋敷町…なのは隣り町だが。JRの駅を挟んでのこちら側だって、結構な歴史を持つご町内。各々のお宅も趣きのある年代ものの家屋がほとんどで、同じ作りの分譲住宅というのが居並ぶ一角はどこにもない。
かく言う島田せんせいのお宅も、表からの外観は洋館風でありながら、内部は和洋折衷の古風なそれで。フローリングの洋間もあるが、畳の間も多数残してある上、雪見障子や襖などなど、昔ながらの建具も健在。奥の間、書斎へつながる廻り回廊には、アルミサッシじゃあなく木枠のガラス戸の掃き出し窓が居並ぶという古めかしさで。今時分の頃合いならば、初秋の陽を取り込んだ居間から望む庭先に、萩の茂みが小さな花をつけ始めているところとか。ユズやキンカンの茂みの周辺、アゲハチョウがひらひらと舞い踊るのへ。洋館というなら似合いの美丈夫、金の髪をうなじに結った家人が。家事の合間にそれらへ見とれ、無意識のそれだろう、柔らかな笑みなぞ口許へ浮かべる様が、見受けられたりしもしたものだが。

  この秋はというと
  ちょこっと様子が異なる。



 「久蔵〜。
  ほ〜ら、こっちだぞ♪」
 「…、にゃっみゃっ!」

 そんなお声のすぐ後に、釣られるように見やった窓には、毛玉のような仔猫が まろぶよに撥ねるのが見受けられ。何を追ってか ちょんちょん・ぽんと。小さな四肢を駆使しての、窓の右から左へと、そりゃあ軽やかに駆ける姿が何とも愛らしい。軽やかと言っても、感覚優れての巧みに振る舞う軽やかさではなく。むしろ、あまりの幼さ、小さすぎての身の軽さ。とたん・とたとた、駆けてったはいいが、真っ赤なリボンを振って見せた七郎次の、正座して座ってたお膝へ真っ直ぐ。勢い余ってのお顔から、ぼすんと突っ込んでいるのもいつものことで。

 「みゃっ。」
 「ありゃりゃあ。」

 どれほど柔らかな体をしているのやら。そのまま てーんっと、宙返りに近い前廻りをお見事に演じた仔猫様。おっととと、七郎次の方が慌てて手を出し受け止めたけれど、案外と大した怪我はしなかったのかも知れぬ。

 “そりゃあ、
  仔猫のままならばでしょう。”

 くりんと丸まれば真ん丸な頭に添うほどに、小さな小さな肢体の仔猫。大人の手のひらですっぽりと隠し切れてしまうほど、まだまだ小さな、幼い仔猫。

  だが…七郎次には
  そうは見えないから困りもの。

 その総身へキャラメル色した毛並みをまとい、真ん丸な頭に一対の三角なお耳を生やした。その四肢が、関節も機能していやしないほどに ちょみっと短い、生後 間もないようなメインクーンの仔猫…じゃあなくて。

 「みゃ?」

 彼のお膝で見事な前回りをご披露し、ばんざ〜いのポーズでこちらの腰へと跨がったよな格好の。ちみちゃい四肢には違いないが、紛うことなく人間の幼児に見えている。ふわふかな金の髪が微妙に掻き乱れ、白いおでこがあらわになっており。その真下に座った潤みの強い双眸は真赤で。びっくりした余燼か、真ん丸に見開かれているのが何とも言えず愛らしい。緋色のちんまりした口許も、日頃は 一丁前にきゅうと意志載せ、形よく締まっているものが。今はただ無防備に、うっすら開いているその様が、幼いながらも妙に甘い気色を、その印象的でまろやかな蠱惑に満ちたお顔へと添えており。

 “うあぁ。/////”

 可憐も過ぎれば なんて危ない可愛さか。ほんの数刻とはいえ、見つめ合う格好になってから、はっと我に返った七郎次。

 「…あ、えと。
  怪我は?
  どっか捻ったりはしてないかい?」

 そおと抱き上げ、慌てて訊いてみたところ。

 「みゃあ・にゃっ♪」

 仔猫の方からも むぎゅうとしがみついて来の、シャツ越しにこちらの胸元へ、やわやわな頬やら小鼻やら、ぎゅむぎゅむ押しつけてくる愛らしさよ。

 「〜〜〜〜っ。/////////」

 小さな仔猫様を相手に、今日も今日とて なかなかに充実した午後をお過ごしな、七郎次さんであるようです。(苦笑)





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