■寵猫抄 2

□秋のみそらに
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まだまだ昼の間は
蒸し暑さも続いているが、
それでも木陰を吹きくる風は
随分と爽やかなそれとなり。
あんまりにも高いところのことだから、
仔猫にはあんまり関心が向かない
お空の青も、
言われてみれば、
ちょみっとだけ遠くへ
退いたよな気がしないでもなく。


  え? 誰に言われたのかって?
  …………あれれぇ、
  誰だっけ?(おいおい)


風の色がどんどんと
透き通って来たようだねと、
シュマダやシチは言うけれど。
そっかなぁと仔猫は思う。
塩っぽい によいはしなくなったけど、
その代わりに他のによいが
いっぱいぱいする。
夏だったら届かなかっただろ、
遠いとこからのお花のによいとか、
あ、これは
おしゃかなを焼いてるによいだvv
でも、なんか焦げくしゃいよ?
もと上手に焼かないとぉ。
これはやだやだと
お庭からお部屋へ飛び込めば、

 「おや、久蔵。」

今 呼びに行こうと思ってたんだよと、
升目みたいな格子柄のシャツに、
麻のジャケットなんてゆう、
お出掛け用のカッコしたシチが。
リビングの床へとお膝ついて、
飛び込んで来た仔猫様を
ナイスキャッチで捕まえる。
みゃ? どっかお出掛けすゆの?
リードつけゆの? バスケの方?
にゃあにゃ・みゃあみゃあと
しきりと訊く和子へ、

 「車で出掛けるから、
  このまんまだよ?」

不思議でしょう?
シチってばキュウの言葉が
半分くらい判るのよ?
ひょいと立ち上がったシチの向こう、
遠くへお出掛けのときのお外用、
その中へ乗っかるバスケットを提げて、
シュマダが先に
玄関へと向かうのが見えゆ。

 「あ、
  ちょっと待って下さいませね。」

廊下の途中の大きな姿見、
シチが立ち止まったのは
自分の格好を確かめるためじゃあなくて、

 「あんよは…うん、綺麗だね。
  お顔も、土とかついてないし。
  毛並みも綺麗、はいOKvv」

どうやら、
お庭にいた久蔵の身を
鏡の中に点検し直した彼だったらしく。
それも仕方のないことで、
七郎次と勘兵衛の二人には、
この小さな仔猫がどういうものか、
そりゃあ愛らしい坊やにしか見えぬ。
その身じろぎに合わせて
ふわんふわんと軽やかに揺れる金の髪に、
真っ白な肌をすべらかにまとった
愛らしいお顔は、
潤みの強い真っ赤なお眸々と、
ふかふかの頬、
小さなお鼻のバランスが
何とも言えずの絶妙で。
緋色の口許は、
一丁前にも先がつんと立っていて、
小さな野ばらの蕾のよう。
それを、惜しげもなくの無造作に、
ふくふくしたお手々の甲にて、
こしこし押し潰してしまう
屈託のない所作と言い、
寸の足らない四肢をばたつかせて
駆けて来る愛くるしさといい。
正しく、
聖堂に飾ってある天使みたいな、
清かな風貌の坊やにしか
見えないものだから、
さすがに時々は、
意識しないととの気構えもいるらしく。

 だって、鏡の中にいる久蔵くんは

まだまだ仔猫の域を出ない丸いお顔に、
三角のお耳がピンと立った、
メインクーンという種の小さな仔猫。
坊やに見えるときより
ずんと小さな手足をし、
ぽあぽあな毛並みを
全身にまとっている愛らしい仔猫。
あごの下、胸元の、
ちょっぴり多めの、
アスコットタイみたいな綿毛も
真っ白かしらと確かめてから、
よし合格と気を取り直す、
島田せんせいの敏腕秘書殿こと、
七郎次さんであり。

 「今日はね、ヘイさんと、
  こないだのカメラマンさんと
  逢うんだよ?」

例の仔猫のムック誌が
好評で増刷決定。
そのついでに
ポストカードと
カレンダーも作るのだとか。
読者の皆様からの反響のお葉書で、
一番人気だったのが久蔵くんだったので、

 『カレンダーは
  表紙と十二月を
  お願いしますね?』

カレンダーと言っても
卓上用の小さいのだそうだけれど、
それでもね、
何だか鼻高々な七郎次さん
だったりするらしく。

 「家に来てもらっても
  よかったのだがな。」
 「ええ。でも、
  カメラマンさんの都合だそうですし。」

何となれば断るという選択も
なくはなかったのだけれど、
一番人気の仔猫がいないというのは、
色んな意味から
不審を招かぬかとも思えての、
これでも随分と慎重になっての安全策。


 《 そうか。
   あやつらも
   考えてはおるのだな。》


では仕方がないかのと、
塀の上にいた黒い影、
ひょこりと立ち上がって、
そのしなやかな姿をあらわにする。
雑誌を見るだけな立場の者には必要ないが、
直接接するカメラマンとやらには、
一向に育たぬ仔猫が不審に思われかねぬ。
家人二人へ断るよう
仕向けようかとも思ったが、
こたびは受けておいたほうが
無難だろうと断じた彼らの判断が、
こちら様にも納得いって。

 《 さて。》

どこへ向かうか、
彼らの思念を追って尾行するつもりの、
こちらは真っ黒なお猫様。

 「あ、勘兵衛様、
  久蔵をお願いできますか?」
 「いや、儂が運転してゆこうかと。」

運転席へ乗ろうと仕掛かる蓬髪の壮年殿へ、
戸締まりするまでを抱えていた仔猫、
はいと差し出した七郎次さんだったのは。

 「勘兵衛様が抱えてらした方が、
  久蔵も落ち着くでしょうし。」

と言いながら、
その実、
カーナビとの相性が微妙な
御主を気遣ってのこと。
そうと言いつつ後部座席へと
追いやってしまったやり取りの傍ら、
ちょいと伸び上がっての、
勘兵衛の肩口へ
小さな前足の先を乗っけた仔猫さん。
一人だけ視線が後方へと向いていたので、
塀の上からヒラリと降りて来た、
いつも遊んでもらってる
黒猫のお兄さんにも気づいたものの、

 《 ……。》

器用にも片手をお口の前へと
かざしたものだから、
うんうんと頷いて、
いい子で黙っていてあげる。

  でもね? あのね?

今のポーズは、
時々シチもして見せてくれたから、
キュウも知ってゆのよ?
小さな前足、お口の前へと持って来て、
ちょんちょんぽんぽん、
ちょーち・ちょち。
お指の付け根でお口を
つっついてたらば、あのね?

 「久蔵? いかがした?」
 「どうかしたのですか?」

突然、招き猫の真似を始めおってな。
おお、それはまた縁起のいいこと…と。
追っかけようと仕掛かった誰か様が、
思わず車外でコケかけた会話を居残し、
親子でお出掛けの
島田さんチだったようでございます。




  〜どっとはらい〜

  09.09.05.


 

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