■千紫万紅 〜賞金稼ぎ篇 3

□春闇幻夜
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 桜花をまといつけた枝々が幾重にも重なり合って紡ぎ出す、果てしのない無限の緋の花幕に、人々の心が浮き立った頃合いも過ぎゆきて。花曇りの重たい空が無情の雨を運んでの、花が落ちるに手を貸して。ここいらでは葉桜も終えての、若葉の季節が早々と訪のうており。風に巻かれてたわむ枝々の立てる音が、寒々とした風籟ではなく、木の葉を揺らす波の音へと変わりつつある。

 「………。」

 田を起こし、早苗の育つを待つ間、芽吹きの季節の到来に、期待を込めてのご陽気だった人々を、一気に震え上がらせた一団があって。冬眠から目覚めた腹ぺこ熊でもあるまいに、実りの時期でもない農村へ向け、

 ― たくわえがないなぞと、
   そんな瑣末な事情なぞ
   わいらは知らぬ

 出すもん出さねば早亀で躍り込んで田畑を荒らす…と言い放ち。手始めに大外周りの土手っぷち、畑作ものの苗場を蹴散らして。怯える皆を哄笑しながら去ってった、野伏せり崩れらしい狼藉者らが現れた。そんな言いようしながらも、そこはさすがに…この時期に蓄えがなかろう事実くらいは知っていたものか。1つ2つの村じゃあ足りぬと思うたらしく。近隣の里の幾つもへ、同じような脅しをかけたが裏目に出。辺境地を一手に見回る州廻りの役人の耳にも、不穏な噂はすぐさま届き。そうして手配されたのが、たまたま近場の湯治場に居合わせた、当代切っての凄腕と、誉れかそれとも悪名か、随分と遠くへまでも名を馳せつつある、賞金稼ぎの“褐白金紅”の二人連れ。

 『どうかお力、
  お貸しいただけませまいか。』

 宿まで運んで、話を持ち込んだ役人と向かい合い、事情の一通りを端然と聞いていた壮年の方は。年の頃なら五十の手前か、元はお武家というのが納得いくほど、立ち居振る舞い、身ごなしや物言い、その態度のいちいちが折り目正しく物静かであり。どこから見てもその心持ちを何かしらの悟りへ落ち着かせての打ち静めた、博士か賢者先生のようにしか見えなんだが、

 『さようか。
  して、そやつらの規模は
  どのくらいかの?』

 『引き受けて下さりますか。』

 あまりに意気込んでいたせいだろう、先走った訊きようをした、まだ若輩らしき役人殿へ。引き受けるも何も概要聞かねば決められぬだろにと、呆れての鼻白んでしまわれることを予測して。傍らで立ち会いがてらに話を聞いてた、逗留先だった里の長老が、これも先んじてこそり失笑しかけたところへと。

 『そうまでの村や里へと
  声を掛けて回っておる
  というのなら、
  この先のどこかで、
  いずれはかち合いも
  しようからの。』

 面倒は早めに畳むに限ると、目許をたわめて味のある笑いようをなさり。特に気を張っての豪快な口調ではなかった言いようが、ちょっとした悪戯でも始めようかというよな響きに聞こえ。いえあの、結構な頭数の無頼の連中なのですがと、こちらはこちらで別な方向へ不安を覚えてのことだろ、そのような念を押した役人殿へは。その視野の中、壮年殿の長々延ばした蓬髪のかかる肩の向こうで、紅の衣紋の片膝立てて窓辺へ凭れ、終始 他人事のようにそっぽを向いてたお連れの若いのの口許が、

 『…。』

 小さくほころんだのが見て取れて。その苦笑の軽やかさが…どうしてだろか、何かしら裏書となるよな言を重ねて、大丈夫だからと保証してもらうよりもずっと。頼りになる人たちなのだということ、簡潔直裁に伝えてくれたような気がしたと。依頼たずさえてったうら若きお役人殿が、しみじみ同僚に語ったというのは…後日の話なので今はさておき。


  「………。」


 いついつ来ますという刻限までも、いちいち言いおかなんだ一団らしいが。それでも…最初にちょっかい掛けた集落へと、その影見せた噂が聞こえれば、いよいよの回収の段、略奪のための襲撃に回り始めたことが知れ。律義にも予告して回った順をそのまま辿るかは怪しいところ。連中が出没した地域を記した地図を、地形についても聞き足した上で、ただただ一晩眺めていた勘兵衛は。そこから何が判ったものか、顎鬚なでつつ うんと大きく頷くと、そのまま発つとの挨拶を長老に告げ、連れの若いのにもさしたる説明はしないまま、二人でその里を後にして。

  それから数日後には、

 無頼が予告を残していった里の一つへ、勘兵衛のみが忽然と現れた。ここいらを荒らす野伏せり崩れを退治しに来たと住人たちへ告げ、

 『よしか?
  村のあちこちへ篝火を焚け。』

 だが、村人は一人として出て来るなと言い置きの、さて。先の里が襲われてから、だが他の地へは何の音沙汰もないままだったし、次はどことの先触れもなかった筈だのに。街道に接しているといや接してる、里の一角、小川沿いの古びた石垣の陰に陣取って。わさわさと嵩のある砂防服に、埋まるようにしてうずくまり、何をか待ってた壮年殿が、

 「…っ。」

 その顔上げての刮目したのは、春の宵が静かに静かに藍色に染まり切ったばかりの頃合いで。里の入り口はそこではないし、篝火だってあちこちに焚いた。なのにどうして そこへ来ると判ったものか。ごつりとしたくるぶしまでをも隠すほど、長い裳裾の衣紋の地の白を、茜と藍に染め分ける、明々灯した篝火の傍らに立ち上がった彼は、決して恐持てのする存在じゃあなかったけれど、

 「…お。」
 「何だ何だ、
  用心棒でも雇ったか?」

 非力な農民相手じゃあ、さして手もかかるまいと踏んでのことか、ぞろりぞろぞろだらしなく現れた一団が、怪訝そうに目元を眇めたのも一瞬。


  ― ひゅうっ、と
    鋭い風鳴りがして。


 それがただの風籟ではないと判ったのは。唸りの尾っぽが立ち消える寸前、きんっという、短いながらも鋼を鳴らす音が響いたからで。おや小石でも飛んで来たのかなと、誰ぞの装備にでも当たったような間近だったがと、音がした場所、探しかかった何人かの真ん中で、

 「……がっ。」

 うがいの出来損ないのよな、喉に水詰め、唸ったような声がして。誰だおい、妙な声出しやがってよと、失笑しかけた気配がすうと、水を掛けた行灯か提灯のように萎んで消えたのは。その声出した仲間うち、あっと言う間にその場に倒れ、そのまま こと切れてしまったから。

 「な…っ。」

 石垣の上へ立っての、待ち受けていたらしい男とは、まだ今少しほど距離があるのだ、直接には何も触れちゃあいない。だのにどうして、どうやってこいつは斬られた? そう、先程の“きんっ”という金音は、間違いなく…相手の手にある大太刀の、その切っ先が当たった音だ。ようよう上って来た月の光も、彼の脾腹を黒々濡らす、血潮をぬるぬると光らせている。

 「この村への
  威嚇を加えたはお主らか?」

 しんと静かな夜陰の中へ。少し乾いた癖こそあるが、低く響いて張りのある、芯の強そうな声がして。何が起きたか理解が追いつかず、喉元凍らせ、立ち尽くしていた一同が、ハッとして壮年のほうへと注意を戻せば。夜風に躍る篝火の炎に炙られて、彫りの深い風貌に独特の陰影がついての威容も増した、不思議な存在感に満ち満ちたもののふが、すっくと立っているばかり。どう考えてもこちらが多勢で、そちらはたった一人だというに。

 “…まさか、
  遠当て斬りが出来るほど
  凄腕の練達か?”

 もはや伝説、あの大戦のころには、鋼を斬ることが出来たり、遠く離れた相手を触れずとも切れたりする剣豪がいたとかいう話で。彼こそはそんな練達だから、だから一人で十分ということだろか。それを自然な力量差だと思わせるだけの、威容とそれからもう一つ。眸が意識がかち合ったその途端、こちらの身動き縛るほどもの、強くて鋭い気魄を感じる。威嚇するよな咬みつくような種のそれじゃあなく、だが。ちょっとでも気を解いての ただ身じろいでしまっただけでも、今は切っ先下がった太刀が、あっと言う間に空を切り、こちらを引き裂きに飛んで来るよな気がしてならず。

  ―― 格が 違う

 威嚇的になる必要はない。腹を減らした野良犬じゃあなく、静かに怒(いか)れる猛獣の佇まい。そんな分厚い威容に圧倒され、ただただ立ち尽くしていた野盗らだったが、

  「あ…わ、わあ…っ!」

 あまりの緊張が耐え難く、こらえ切れずに駆け出した者がいて。こんなことへの忍耐さえない、そんな輩の寄せ集め。抗えば却って危ないと、頭じゃあ判っているけれど、いかんせん、体がついてけなくての破綻が起きた。死ぬのはいやだとの後じさり。怖いものから遠くへ去ろうと、子供でも出来るだろう一番手っ取り早いことへと体が動いて。一人が逃げればそれを皮切り、あっと言う間に残りも追随する。

 「ち…っ。」

 せいぜいその程度の連中だろという予測はあったが、此処で一合すら刀を合わせないとは、逆の意味からの予想外。そこまで腰抜けでも、非力な農民へは眠れなくなるほどの狼だから。
「…逃しはせぬ。」
 石垣から駆け降りると、ほとんど涸れている小川を一気に駆け抜けた勘兵衛が、恐怖から膝が笑っているよな連中の、しんがりへ辿り着くのは容易くて。

  ―― 斬っ、と

 重々しい衣紋が夜陰の中に鮮やかにひるがえり、膝が笑って逃げ遅れていた何人か、白い陰がやり過ごしたその後で、そのまま どうと土の上へ倒れ伏す。

 「わざとに痛く斬ったゆえ、
  そのまま
  大人しく寝ておるのだな。」

 深手じゃあないが、無理して動けば一生歩けぬようになるぞと。もっともらしい一言付け足し、一瞬たりとも立ち止まらずに、残りの一味を追う彼だった。





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