ワケあり Extra 3

□遠来のお客様?
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       序



時折どこか遠くから
押し寄せるような風が
渡って来る。
遠くからのものだと判るのは、
随分と尺の長い
風であることと、
水脈豊かな村の
どこかで生じたとは思えぬ、
乾いた感触がする
それだからで。
ここの住人ではない自分へ、
自然が季節の変わり目を
告げているのだろなと
思わせるのは、
里の大部分を埋める
金色の稲穂の海を、
さわさわ騒がす吹きようが、
いかにも“もう時分だよ”と
教えているように聞こえるから。
それへと向けられたは、
白皙の美丈夫が
口許へと浮かべた
莞爾な微笑。

 “ああ、もうちっと
  待っていただかねば
  なりませんな。”

自分の頭に
結って垂らした
金の髪と同じ色の稲穂たちへ、
だからと
意が通じるものでも
ないながら。
軍用の地図の上では
その名さえ記されては
いなかったほど
小さな小さな村だとは
思えぬほどに。
地平まで果てなく広がる
豊饒の金を見渡して、
ついつい
立ち止まってしまった彼が、
形のいい口許へ
何とも言えぬ苦笑を
浮かべたのは。
こうまで間近にあった存在に、
今の今まで
気づかなんだ自分を
失笑してのことでもあって。
古廟を礎にした岩屋の砦や、
里の周縁沿いに
防壁として築いている
石垣に杭柵。
この戦さ一番の目玉である
大型兵器の
“弩(いしゆみ)”を、
侍たちの指揮・指導の下、
村の男衆らが
一致団結して構築中の
各々の現場とそれから。
それら様々な場所で
使われている、
クギにカスガイ、
杭棒に縄に綱、
消耗品の矢など、
あらゆる資材を
作り出している
鍛治場に作業場と。
里のあちこちに
散らばっている
全ての現場を巡って、
それぞれの進捗を確認しつつ、
申し送りや連絡があれば
伝えもする“伝令役”。
本来は
哨戒役のカツシロウが
受け持つのだが、
単なる言伝て運び
だけじゃあなく、
惣領殿への報告としての
統合された見解を添わせた
検分ともなると
統括役の眸が
要りようなので。
陽が落ちる前の一区切り、
各所の
今日の成果というものを、
ザッと確認して回っていた
槍使い殿だったが。

 ふと感じた細波の音に、
 初めて聞いたものじゃ
 なかろにと思うにつけ、
 逸っていた気持ちを
 宥められたような気がして
 零れた苦笑。

確かに、分の悪い、
しかも切迫した戦さだが、
だからといって、
あれもこれもと抱えて
せかせか駆け回っても、
出来ることには
時間に相応しての
“限り”があるというもので。
結局のところ、
こつこつ着実に手掛け、
目利きがしっかり
目配りをする他にない。
焦りは禁物だよと、
もの言わぬ風や
稲穂から囁かれ、
ほおと
落とした吐息が一つ。

 “…うん。
  焦っては
  ないのだがな。”

とはいえ、
随分と気概が弾んではいる。
戦さなぞ
決して
喜ばしいことではないし、
勿論のこと
“喜んで”はいないが、
それでも。
この身を
最も効率よく
動かせることであり、
的確な判断の下、
誰にも負けない
優れた働きをこなせる
自負もある。
この身に染ませた体術も戦術も、
少なくはない、
しかも多彩な蓄積を
礎にしてのそれ。
特に、
副官だったころの勘は
微塵も鈍ってはおらず。
戦さはもとより、
こんな作業にさえ
不慣れな人々を、
効率よく指揮するための
段取りや、
物事の教えよう伝え方。
いろはのいから
紐解いてやらねばならぬ
こともあれば、
十のうちの
五までしか言わずとも
伝わるものは
皆まで言わずに
眺めて済ました方が
しっかと身につく…とか。
要所要所で引き締めつつも、
日頃からも
骨惜しみせず働き者な、
彼らなりの
勘や体さばきにも
一目置いての
上手に誘導する術を
知っており。

 “蛍屋で得たものも
  多少は要るかと思ったが。”

素人ばかりが相手、
愛想や褒め言葉も
繰り出さねば、
なかなか動かせぬかとの
杞憂もあったが、
実際に手掛けてみれば、
かつての軍用式の指導で、
十分コトは足りていて。

  そして

本人よりも先に
それを見越していてだろう、
詳細も何も丸投げするように
“いつもの如く”とだけしか
告げなかった
勘兵衛だったのが、
その時以上に
今になって
じわじわと擽ったい。

 “よくも
  覚えていて下さった。”



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