ワケあり Extra 3

□暑いのよりも熱いのの方が
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地球温暖化も
ここに極まれりとばかり、
昨年に負けず劣らず、
この夏も半端ない猛暑となり。
あまりにも暑すぎてか、
お初のそれが
聞こえてまだ日も浅いというに、
蝉の声さえ
もはや聞こえぬほど。

 「………。」

そいや
暑いのに弱かったなぁと。
細い眉をかすかに寄せて、
むずがりのお顔になったまま
双眸を閉じている、
見慣れた愛らしい細おもてへ。
何とはなし、
感慨深い想いとなる校医様で。
かつての大昔、
記憶だけ持って来てしまった
“前世”の彼らは、
その生の大半を
大きな戦さの中で
過ごした身であり。
特に、
斬艦刀という戦闘機を用いた
白兵戦専任の兵士たちは、
生身の体に宿る
研ぎ澄まされた勘を
生かしての、
機転の利いた戦いようを
買われていたのはいいとして。
肺腑も凍るような
極寒の成層圏にて
その身をさらして戦った存在。
切れのある身動きには
不利だろう、
“寒さ”にばかり
耐性がついた反動か。
戦域移動の狭間、
補給なんぞで
少しでも気温の高い地域に
降り立つと、
陸に打ち上げられた魚でも
もっと生きがいいぞと
思えたほど、
ぐでぇと萎えて、
使いものに
ならなんだものだった。

 “………というのを
  見抜けた奴も、
  少なかったがな。”

今の“彼女”も、
慣れのない者には
単なる昼寝にしか
見えないかも知れぬ。
長いまつげの陰も可憐な、
柔らかな曲線を描くまぶたを、
すべらかな頬へと軽く伏せ。
野ばらの蕾のような口許も
品よく閉じての、
凛と冴えた
白皙の顔容(かんばせ)
さして崩しはせぬまま。
日頃の
“紅ばら様”という
呼称も頷ける、
玲瓏透徹、
クールな美少女ぶりを
呈しておいでで。
具合が悪くなって
担ぎ込まれたようには
到底見えぬ。

 『榊せんせえ、大変。』
 『久蔵が貧血起こしました。』

今年の高校総体は
長野だそうで、
開会は7月29日。
部活の剣道で
当たり前のように
代表権を得ていた
七郎次にしてみれば、
毎年これにまつわる
すったもんだのせいで、
お盆までは
落ち着いて休みを
満喫出来ぬのだけれど、
だがだが
今年は都大会の決勝で
惜しくも敗れてしまったそうで。
それでのこと、
ちょっとだけ
身が空いたとあって。
さあさ夏休みだ、
バーゲンで
流行のカジュアルな服も
手に入れたし、
ホテルJのプールなら
それほど混雑もしてないぞ、
他の場所でも、
午前中の
涼しいうちならば…と
注意しつつ、
仲良し3人娘で
待ち合わせることも
多かったようなのだけれども。
帽子もかぶっていたし、
ミストの出る
ハンディファンとやらも、
ひなげしさん謹製、
羽根に凍らせたジェル内蔵の
チョー涼感タイプのを
持ってたし。
万全の体制でいたにもかかわらず、
水辺の木陰でのお喋り中、
紅ばらさんこと久蔵殿が
ふっと意識を
失ってしまったらしくって。
声もないまま
その場へ頽れ落ちた
お友達だったのへ、

 『きゃあ、久蔵殿っ。』
 『しっかり。』

さすがに驚いたし、
悲鳴こそ上げたが、
あたふたまでは
しなかった、あとの二人。
色違いでお揃いの
ドルマンスリーブの
ニットボレロを重ね着た、
実は水着姿だった3人娘だが。
そんな恰好だってことさえ
意に介さぬまま、

 『シチさんシチさん、
  今日は兵庫せんせえ、
  ホテルに詰めてる。』

スマホで
そこを真っ先に確認した
ひなげしさんこと
平八も平八なら、

 『判った、運ぼう。』

くっきりしっかり
迷いなく頷いた、
白百合さんこと七郎次も
…以下同文。(おいおい)
時々、
ホテルJの医務室の担当も
なさっておいでの
榊せんせえだってこと、
久蔵以上に
きっちりと把握している
お友達二人。
そのプールサイドでの急変へ、
慌てて駆けつけた
ホテルマンのお兄さんたちには
“医務室へ”と指示を出し、
携帯で
“せんせえは在室でしょうか?”と
確認を取った周到さは、
相変わらずに行き届いており。

 “しっかり者なのが、
  助かるような
  …困りものなような。”

今回の場合は、
彼女らにも特に
他意は無かったのだろうが。
それでも、
この医務室から出がてらに、
用もないのに
いてもお邪魔でしょうし…と
口にした二人とも、
ちょっぴり
口許がほころんでいたのが、
この際は少々
気になってしまった
兵庫だったらしく。

 「……………ん。」



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