ワケあり Extra 3

□どっちにしたって
1ページ/2ページ


不意にとんっと
背中を押されたような気がして、
我に返ってのこと、
視野がパッと
明るく開けたというか。
慌ただしくも翻弄されていた
てんやわんやが
何とか落ち着いたことで、
ようやっと人心地つけて
周りを見回せたというか。
そんな静謐の中にいる
自分だと気がついた。
今日一日ずっと
掛かりきりだったせいだろう、
仄かな疲労感が
総身へじんわりと
まといついていたが、
不思議と、
消耗という感慨は一片もない。
大好きなスポーツや催しに
頑張った後みたいな
爽快感とか
充足感の方が強い、
そんな幸せな
“くったり”に身をゆだね、

 “………えっと。”

何だったかな、
思い出せないことがあるの。
ゆったり広々とした部屋には、
品のいい調度や
シンプルながら
機能的な家具が、
装飾品のような
余裕ある配置で
据えられてあり。
腰掛けているソファーに
寄り添うローテーブルの上には、
今時分の季節の花としての
セレクトだろう、
大きな白百合を中心に
サンダーソニアや
カスミソウが配された
ブーケが置かれてあって。
オナガドリの尾みたいに
長くて幅の広いリボンの、
パールがかった光沢が、
柔らかな
ハレーションを起こしてて。

  あれ? おかしいな。
  ブーケ・トス
  しなかったかな、
  アタシ。

  ……………………。

ああ、そうだった。
それとは
別のブーケだ、これ。
披露宴の会場だった
ホテルで、
会場に入る姿には やはり、
あった方がいいでしょうって
用意して下さってて。
すぐ横には
銀色のティアラ。
真珠とメレダイアを
ちりばめた、
華奢で可憐な
デザインのにした王冠は、
金色の髪に載せるには、
似た色合いだから
映えないかなぁなんて
心配したけれど。
オーガンジーのベールの上へ
据えられたせいか、
教会の天窓から降りそそぐ、
いいお日和の
陽を弾いてのキラキラと。
それは目映くて
綺麗だったよって、
ヘイさんや久蔵殿からも
褒められたもの…vv
そのベールを
掻き上げてくれた手は
大きくて。
壊れ物みたいに
そおっとそっと、
やさしくしてくれたのが
嬉しくて。

 「……七郎次?」

単なるアクセサリー以上に
意味のあるティアラを、
感慨深げに
手にとって眺めておれば。
随分と間近から、
少し枯れた、だが深みのある
低くて いい響きの
お声がして。
え?え?と狼狽しつつ、
辺りを見回しかかった視野の中、
すぐ目の前という至近に、
愛しい壮年様の
お顔があって。

 「あ、勘兵衛様?」

え?え?え?と、
あまりの近さに
どぎまぎしておれば、
それどころじゃあない、
すぐのお隣へと
腰掛けた年上の恋人さんは。
眩しいものを、
それでも見ずにはおれぬ
というような、
優しくたわめた
目許や口元へ、
甘くて暖かい微笑みを
馴染ませており。

 「今日はさすがに
  疲れただろう。」

いたわりの一言と同時に、
背を回っての
肩先をスルリと、
頼もしくて大好きな、
持ち重りのして見える手が
伸びていて。
長身な御主だもの、
それは軽々と
年若な恋人さんの華奢な肩を
その腕の中へと
掻い込んで
しまわれたものだから。

 「あ…。////////」

しかもしかも、
そのまま尋深い懐ろへと
引き寄せられたものだから。
間近どころじゃあない、
直に触れているも
同然の感触や微熱が、
こちらの血脈を急かさせる。
隆と精悍に引き締まっての、
堅く盛り上がった筋骨が。
ジャケットを
脱いだだけだとはいえ、
シャツとベストなぞ
素通しなくらいに、
力強い存在感を主張していて。
こちらも
夏のブラウス姿だったので、
ともすれば、
ほぼ密着に近い
質感を伝えて来ており。

 “あ、あ、
  どしよどしよ。//////////”

  そうだった、あのあの、
  アタシ、
  勘兵衛様の お嫁さん
  なったんだ。/////

やっぱり緊張した
“結納”のあと、
手配だ何だと
いろんな準備を
こなしている間は、
忙しいばかりだったせいか、
具体的な実感が
遠のいてた感じ
だったけれど。
今日はさすがに
勝手も違って。
逢う人逢う人 みんなから、
山ほどの
おめでとうを言われて、
すっかりと舞い上がってて。
緊張し過ぎて
胸が苦しくなるたびに、
あのね、勘兵衛様が
テーブルの陰で、
あの大きい手で
こっそりと
手を握ってくれててね……vv




次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ