■千紫万紅 〜賞金稼ぎ篇 4

□悋気狭量…?
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かつてはその上空を
縦横に闊歩した大陸だが、
徒歩での移動をする身ともなると、
さすがに随分と広いものだと
しみじみ実感もする。
広いとそれだけ
気候・環境の差異も大したもので。
雪だの霜だのという代物、
噂にしか聞かないという南国と、
同じ地続きだというのが
信じ難いほど、
北領の地の冬は苛酷であり。
里ごとという規模で、
春まで南へ移動する例も
珍しくはなく。
そこへ住まい続ける人々が
いたとしても、
身を寄せ合っての越冬生活、
吹きすさぶ“しまき”に身を縮め、
遠い春まで日を数えて過ごすもの。
ところが、
そのように
風雪に閉ざされた地域だと
いうところにだけ目をつける、
不届き者も昔から絶えることはなく。
掟を破ってだとか、
はたまた大罪を犯してのこと、
追っ手を持ってしまった者が、
逃げ果せようとして飛び込むのは、
辺境と相場が決まっており。
そういう輩には、
ただただ忍耐に身を置く人々の
苦労を踏みにじり、
力づくでの専横蹂躙を為す
不心得者も少なくはない。
何しろ
城塞のような雪の壁やら
凍る道やらにより、
外への連絡がつけにくい環境下。
それだけに、無頼な輩や、
先のことなぞ
もうどうでもいいよな
破綻者の暴走に襲われても、
冬場だけでもという
退避をする先がない以上、
助けを求める先も術も
そうはなかったし、
だからこそ逃亡先や隠遁先にと
狙われもしたのだけれど。


  非力な寒村も把握し、
  防衛する、
  自治と警邏の組織が
  随分と発達した昨今。
  そういった無法者らの跋扈も、
  一頃ほど目も当てられぬ
  それではなくなりつつあって。



    ◇◇



あの長い長い大戦の終焉期から
戦後のこっち、
しばらくほどは
微妙な混乱期が
人々を翻弄しもしたけれど。
焦土と化した大地に、
米や作物作り続けた人らはいたし、
寸断された流通も、
そちらはむしろ健在のまま活性化し。
結果、
生きる術を見い出した人々が、
数年とかからず、
里を再建し街を
構築して行ったのだから、
人というのはなかなかに逞しい。
混乱期には
なりふり構わずという手合いも
多数生まれたし、
あの大戦さえ
陰で左右したとされる
アキンドたちの、
一種 ゴリ押しが生んだ
“野伏せり”たちの跳梁もあって、
弱い立場の人々は
由なく苛まれてもいたけれど。

  どうして自分たちが
  搾取され続けねばならぬと
  奮起し、
  立ち上がった人々が構えた
  とある合戦が、
  勝った者が正義という潮流を
  微妙に動かして。

戦後、
一部のアキンドらから
こそりと重宝がられていた、
隠し球的な武装集団
“野伏せり”を始めとする、
野盗や無頼の輩の乱暴狼藉、
きっちり畳んで
しまいましょという、
治安維持のための
警邏を担う自警団が特化。
配置地域が広がりつつある
電信での情報緻密化に併せ、
その警邏の網は
どんどん密に広がったし、
その身を
機巧化しているような手合いへも
臆さずに対峙出来る、
頼もしい賞金稼ぎも
巷には増えて。

 【 何故 此処に
  あやつらがおるのだっ!】

 【 大した里でも
  ないというに。】

星さえ凍るような冬の夜空の下、
常緑樹の木立を
荒々しく通過した一団が、
あたふたと雪原へと
飛び出した様は、
まるで猟犬に追われて
恐慌状態にある野兎のよう。
広い広い雪原をゆく彼らだったので
そう見えもしたのだが。
本体は結構な大きさの
浮遊式搭乗機巧で、
俗称は“ヤカン”という
鋼筒が数機ほど、
大急ぎで逃走中。
何せ、頭上には
月が昇っているような
夜半という時間帯だし、
何日も掛けて降り積もり、
日々の寒さで
表面も固まっている雪原に、
浮遊機動でもある
鋼筒の足跡は残らない。
雪に吸われることもあり、
走行音もさほど立たない
仕組みな上に、
相当な速度を出せる
搭乗式機動ゆえ、
同じような乗り物を使わねば
そうそう行方を追えぬはずだが、

 【 ……っ!】
 【 き、来たぞっ!】

操縦者の動揺を示してか、
数機で固まって
駆けていた鋼の機巧が、
ゆらんと覚束なく上下をし、
互いの機体が
ぶつかり合いかかったほど。
そんな彼らが相前後して
飛び出した木立ちから、
別の影が
勢いよく飛び出して来たのが
すぐのこと。
既に結構な距離を稼ぎながら、
そして何より、
そちらはたいそう小さな存在に
見えるにもかかわらず、
彼らが恐れているのは
この“追っ手”であり。
装甲に覆われ、
しかもそれは速い遁走ぶりを
示しておりながら、
それでも身を縮めるようにし、
必死で逃走を
構えている彼らなのは、

  ―― ざ、ざざぁっ、と

その身へまとった深紅の長衣紋、
大きな軍旗を
思わすような勢いつけて
ひるがえし。
まさかにそれで
浮力を得ている訳でもないだろに、
不思議とあまり
大地を蹴上げもせぬままに、
中空に身を置き、
余裕の滑降を続ける彼は、
あっと言う間に
標的の後背へまでと迫っており。
鞭のような痩躯が
風をカミソリのように切るのに
有利なのか、
いやいや、身が軽いお人だし、
かつては天穹にて
自在に翔っていた覚えもおあり。
そんな勘が居残っておいでだから、
地上の風へ乗ることも
自在なのだろうよと。
州廻りの役人らの間では
もはや当然の身ごなしと
頼られておいでの神業で。
ふわりとした癖のある、
金の髪をも はためかせ、
砲弾のように一直線、
中空を滑空しつつ、
慣れた手際で細身の双刀、
その双手へと引き抜きて。
人力では敵わぬはずな機巧躯へ、
後から追いすがったその挙句、

  しゃっ・しゃりん、と

突風が撒いての
唸りと同じよな、
鋭くもおぞましい金音が
止める術もないまま迫り来て。
ほんの刹那という
瞬間ののちにはもう、
自分たちをずんと
追い抜いている真っ赤な死神。
緊張の極みにあったせいか、
何が起きたかへの感覚も働かず。
え?え?
もしかして
空振りやがったのか?と
仄かに喜色が
沸き立ちかかったところが、

 【 あ?】
 【 うあっ!】
 【 ひぃえぇっ!】

いきなり視野が開け、
冷たい風が直に吹き込む。
頭上の天蓋が跳ね上がり、
不意打ちに驚き
バランスを崩して横転する者。
足場がなくなって、
されど動力の余力に
引きずられ、
雪の上へ容赦なく
放り出される者。
そんな同志がぶつかって来て
横倒しとなり、
雪の中へと機体ごと
投げ出される者など、
そりゃあ呆気なくも
自慢の足回りが
停止状態になっての、
蹴たぐられてしまった面々であり。
そこへ、

  「…………。」

少し先へやっと着地し、
そのままくるりと踵を返すと、
自分たちが
向かおうとしていた側に
仁王立ちとなる、
うら若きもののふの君なのへ、

 「や、やめてくれっ!」
 「命ばかりはっ!」

装甲に囲まれた身の上で、
武器ひとつない人々相手に
どれほどの非道や専横を
繰り返して来たかも棚に上げ。
こっちは丸腰でございますと
尻餅ついての
へたり込んだまま
命乞いをする連中なのへ、

 「……………面倒だ。」
 「これ、久蔵。」



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