■千紫万紅 〜賞金稼ぎ篇 4

□妖蛟 凍夜一宿
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夜寒という言いようがあるけれど、
こちらは秋の季語だそうで。
冬の夜の寒さは、
その冷え込みようが
“凍てつく”級となるので、
寒いなんてもんじゃあないと、
雪や霜に連なっての
“凍む(しむ)”という
描写へ移りゆく。

 ― そんな更夜の、とある山合い

上空では風が強いのか、
月の前を
千切った和紙のような群雲が、
薄いの濃いの、
影絵のように次々に通り過ぎていて。
それから姿を現した望月は、
さながらよくよく磨かれた鏡のように、
漆黒の空に拮抗し、
その輪郭が鋭いばかり。
そこから地上へと眸を移せば、
サザンカだろう、
梢にたわわな
常緑の葉が姿なき風に揺れ。
それはまるで、
寒風にか弱い身をふるると
竦ませているかのようで。

 “暦を見れば
  それも頷けるのだが。”

すぐ先に見送った秋が
妙に暖かだったせいだろか。
年の瀬も間近という、
冷え込んでもおかしくはない
頃合いとなっているのに。
何だこの急な寒さは、
天変地異の前触れかと、
慌てて冬支度という騒ぎに
なっている里もあるくらいと
聞くほどで。
ましてや此処は、
一番間近い人里から
山を一つ
挟もうかという寂れたところ。
それなりの装備をまとっていても、
索敵・監視を為す上で、
剥き出しにならざるを得ぬ、
目元の周辺、
頬や鼻の頭など、
衣紋に覆われてはない肌が
触れる夜気は確かに、
寒いなどという
大人しやかな冷たさではなく。
肌を凍らせ、
その下の身にまで素早く染み入り、
直にはあらわじゃあないところまで、
躯を気力ごと
凍てつかせるだけの威力を、
遺憾なく
発揮しているほどじゃああるが。

 “とはいえ……。”

こちとら、
夜寒くらいで震え上がるような
お上品な人性ではないとの、
それって威張っていいものか
という微妙な種の自負はある。
かつての大戦では、
地上数千mという高層圏、
肺腑が凍りつくほどの
極寒の地にて、
旋風吹きすさぶ中で
搭乗していた愛機の機外に立ち。
足場も悪けりゃ、
対峙するのは
直接命を取り合いする相手という、
血も凍る修羅場に
何年も何年も身を置いていた、
空艇隊の斬艦刀乗り。
よって、
物理的にどれほど寒かろうと、
そんな中での待機を強いられ、
躯そのものが
あちこち凍ったように
なってしまっても。

 「…っ。」

気配を感知する
意識の冴えは鈍りはしないし、
木石のようにと構え、
気配を消しての待機であれ、
ぐんと拳を握り込めれば、
そこから総身へ回す血脈も
一気に暖まるという、
ちゃくらの応用術も
習得しており、

 「……行くぞ。」
 「…、……。」

すぐ傍らに
同じように待機していた若いのへ、
短く掛けた声もおざなりの。
表面が凍りかかっていた外套を
揺すり上げつつ立ち上がり、
ひそんでいた茂みを濡らす
月光の凍青さえ、
降り払っての
置き去りにするよな
跳躍を見せれば。

 「な…っ。」

頭上を駆けたは
鳥か、ムササビかと、
ギョッとして顔を上げたのが、
獣の皮を幾重も
胴へ脚へと巻きつけ、
それぞれの背中や腰へ
武骨な大太刀を佩いた、
見るからに無頼の
荒くれたちだろう男どもの一団だ。
人里離れた山間の木立の中を、
こんな深夜に
群なして進むだけでも
怪しいというもの。
その上、
しっかと武装していたのは、

 「内密の御用金が通ると
  聞いての夜ばたらきか?」

 「な、何ィっ!」

この時期には
樵(きこり)も入らぬ林なのだろ、
葉の落ちた樺や
常緑の樅などが入り混じり、
けもの道さえ
埋もれた木々の狭間を。
異様なくらいの急ぎ足で、
目当て目指して
突き進んでいた
面々だったらしくって。

 『結構なお宝らしィで。』

 『ホンマかいや、
  こんな田舎やゆうに。』

 『それやそれ。
  誰ぁれも
  思いもつかへんところが
  ミソな。』

 『そやけ、
  油断し切っとぉ
  言うのんえ。』

そろそろ商いの地盤も
随分と整備されつつあって、
街道の整備と、
それに沿うての
自警団の連携が進むのにつれ、
遠隔地同士の物流を支える
“為替”制度が
復活している土地も、
徐々に増えているというが。

 『雪に塞がれてまう此処いらで、
  それはなかなかな。』

 『せやな、
  払いが即金のトコが大半やて。』

 『そこでや。
  ええこと考えたで。』

特別な荷の代価、
どこかの大店が
節季分を一気に運ばせるらしいとの
情報を得た連中が、
それを強奪しようと企んでの、
この怪しい“夜駆け”で
あったらしいのだけれど。

 「なんや、貴様っ!」

思わぬ声を
降りかけられたとはいえ、
怪しい者らが選りにも選って、
怯えから
その身をすくませていては
世話はない。
それでも数に任せての空元気、
恫喝の声を張り上げたのが頭目か。
タヌキだか山犬だか、
中途半端な大きさの毛皮を、
つぎはぎのように綴った
粗末な代物、
荒縄でその身へとまとわした大男が、
胴間声にて誰何の言を投げかければ、

 「儂か?」

彼らの行く手へ唐突に現れた、
そちらは大豹だろう、
まだら斑点の一枚革、
上背のある重厚屈強な身へ
長外套にして羽織った壮年が。
前立ての腰辺りから
太刀の柄を覗かせつつ、
ふふんと不敵に笑った口許が、
望月から降る
蒼い光にくっきりと浮かんで。

 「なに、
  お主の色女が
  一芝居打って足止めしたはずの、
  好きものの賞金稼ぎだよ。」

 「………っ!」



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