■千紫万紅 〜賞金稼ぎ篇 4

□晩秋寒夜
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今年はどこも厳しい夏だったからか、
北へと運んでいるはずだのに、
いつまでも秋めきの感触を
拾えぬままの
妙な趣きが続いており。
山間の錦景は
確かに進んでいたのだけれど、
“小春”と呼ぶには
暖かすぎる日和が、
ひょいと訪れる日も多く。
田畑の収穫には
都合がよかったろうと
土地土地の人に訊けば、
いやいや、
朝晩の寒暖の差が
必要なんですよという
作物もありの、
きんと冴えた
空っ風に晒さないと、
保存用へのこしらえへ
進めないという代物もありので。
季節というのは
やっぱりちゃんと
巡ってくれなくてはいかん、
寒すぎるのも難ではあるが、
いつもの案配は
必要なのだと
いうことならしくって。

 「お武家様がたこそ、
  これから冬になろうというに、
  なしてわざわざ
  北へおいでだか?」

土地に住まいがあっての
動けぬ人ではない、
見るからに
旅から旅という
過ごしようをしておいでの
お人らしいが。
そういう暮らしを
なさるお人らは、
寒うなったら
暖かい土地へと移るもの。
掛け取りの代理を請け負うにせよ、
道行きに追随する用心棒にせよ、
商売の相手がいなけりゃ
話にならずで、
他の人らも
そうしておいでなのを追うように、
皆で南へ移るものだろにと、
不思議そうに
訊かれることもしばしばで。
今時の武家くずれは
そういう仕事を
生業にしているのかと、
こういう形で聞くとは
思わなんだ壮年殿。
延ばした蓬髪や
だだ長い衣紋という
もっともらしい風体が、
落ち着きぶりと相俟って
どこか学者風にも
見えなくはない、
そんな厳かな風貌を
仄かにほころばせると、

 「なに。
  そうやって
  南へ向かう人らが多いなら、
  儂らまで行かずとも
  良いということさ。」

 「???」

賞金稼ぎだから
という身の上を、
誰彼かまわず
明かす訳にもいかないからか。
微妙に言葉の足らない
お言いようをする勘兵衛へ。
お喋り好きらしい
飯盛の女給がきょとんとし、
聞くともなく
聞いていた連れの若いのが、
腰高窓の際、
壁に凭れかかって座ったまんま、
口許だけを上げる
苦笑を見せる。
そんな風変わりな客からは、
さして面白い話も
聞き出せまいと思うのだろう。
ましてや
得物をおびた武家だか浪人だか、
怒らせたり絡まれたりしては
面倒だとばかり。
まだまだ年若な
女中であるほど、
膳の支度や
寝間の支度を整えると、
そそくさと出て行ってしまうので。
勘兵衛の
人を食ったような物言いも、
こういうときには役に立つなと
こそり思う久蔵で。
ようやくのそりと立ち上がり、
自分の側の膳へと付いたものの、

 「…?」
 「んん? ああいや、
  こちらから
  頼んだ訳ではないのだが。」

この辺りの名物か、
山鳥のつくね団子のあんかけに、
川魚の飴煮と、
山菜と小さめの飛龍頭の吹き寄せ。
小芋を甘辛に煮たものに、
扇形に型抜きした練りきりと
香の物。
それらに加えて、
それぞれの膳の端に、
細身の銚子が
1本ずつ立っており。
宴席でもあるまい、
ましてや
こんな山里の宿じゃあ、
通常はわざわざ頼んで
つけてもらうものだと、
その辺りは
知っていた久蔵だが、

 「大方、この辺りも
  今日いきなり
  寒さが増したのだろうさ。」

近くに温泉脈があるものか、
竹樋を通して来ての
どの宿にもいい風呂があり。
それが評判でか、
此処にわざわざ
一夜の宿を取る客も多く、
ずんとにぎわっている
里じゃああるが。
冬場になると
どこからも訪のう者はなくの、
里の関所自体もひたりと
閉ざされてしまうのだとか。
そして、今朝方辺りに
その兆しであるかのような
寒さが襲ったのだとしたら。
明日の朝も、
いやさ今宵から
ずんと冷え込むやも知れぬ。
それを少しでも
和らげてという意味から、
おまけとしてどのお客にも
振る舞われた物に違いなく。

 「米処は酒処と
  平八が言うておったが。」

椀に盛られた白米は、
それはきららかに輝いていて、
あの、
米にうるさい工兵侍でなくとも、
それこそ、
あんまりそういうことへは
関心が向かぬ久蔵にだって、
なかなかに
上質の品だというのは判る。
だが、

 「寒さに絞られ、
  いい酒だ。」

伏せられてあった
盃を持ち上げ、
手酌でまずはと
一口含んだ勘兵衛が、
うんと頷いて見せるのへ、

 「〜〜〜〜。」

すぐにも眠くなる
下戸の身のほど、
一応はわきまえてもいる久蔵、
少々口元をひん曲げる。
酒飲みが嫌いだと
いうのではない。
よその誰がどうでも
関係のないことと、
すっぱり視野の外へ
退けられることだし、
勘兵衛や七郎次などという
知己らの飲み方は、
静かだったり陽気だったり
するだけなので、
特に不快だという
想いをしたことはないし。

  ただ、そういえば

こうしてこの壮年との
旅を始めてから。
少しずつ少しずつ、
質の良いものに限ってならば、
舐めるくらいは
出来るようになってきたせいか。

 「………。」



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