■千紫万紅 〜賞金稼ぎ篇 4

□暑いのも甘いのも
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季節の変わり目とは
こういうものか、
酷暑にあえいだ大地への
恵みの雨が降り、
それが地に満ちていた熱をも
取り去って。
ああやっと秋めいたなと
息をついたのも束の間、
ふとした弾みで、
陽射しが再び強さを取り戻し。
空気から
湿度こそ下がったものの、
気がつけば
真夏と大差のない暑さが
すぐお隣りへ
舞い戻っていたりして。

 「…この辺りは
  こうまで暑い
  土地だったかの。」

あの大戦を生身のまま、
しかも前線でくぐり抜けたクチ、
ちっとやそっとの
寒暖差くらいでは
へこたれぬ自信があったものが。
そろそろ里にも
秋の花が咲き始め、
山野辺の土地では
稲穂も色づく頃合いだというに。
結構 北上したというに、
いつまでも引かぬ酷暑には
さすがに呆れもするというところか。

 「へえ、
  確かに この何年かは、
  夏が少ぉしずつ
  長ごぅなってるような
  気もしますで。」

戦さも終わったし、
戦後 暴れていた
野伏せりも減った。
荒れていた田畑も
随分と元通りの地力を
取り戻しつつあるというに、
今度はお天道様の機嫌が
おかしい年があっての、
耕作を生業としている人々は
相変わらず
翻弄されているのだそうで。

 「けんどまあ、
  そうそう何年も
  続くもんでもありますまい。」

相手がお天道様では
誰が出張ったところで
歯が立たぬ話。
それに、
お天道様の臍曲がりには
慣れてもいると、
人の善さそうな女将が、
よく陽に灼けた
ふくよかなお顔をほころばせ、
新しい客が
別の床几に腰掛けたのへと、
そのままの笑顔で
いそいそと歩み寄ってゆく。
街道沿いの土手の上という
見通しのいい所に立つ、
塚代わりの大松の根方へ
寄り添っている小さな茶屋は、
この愛想のいい女将さんが
評判の繁盛店で。
次の宿場まで
あと僅かという距離のせいか、
この刻限だと、
目的地を直前にしての息継ぎ、
やれやれと腰を下ろしてゆく客と、
ここまで保(も)ったからにはと、
我慢の鼻緒を咬みしめ直す客とが、
数にして半々
というところだろうか。
こちらの二人も、
一息つきにと
立ち寄ったのは同じだが、
今朝出発したのは
2つ先の宿場で、
今日中に次の次の宿場までを
目指している、
一見しただけでは
そうとは判らぬが、
相当に旅慣れている、
ずば抜けた健脚だったりし。
それもそのはず、
旅慣れていると言えばの
州廻りの役人がいたなら、
おっと瞠目したのは
間違いないほど、
その筋での有名人。
賞金のかかった
手ごわい級の野伏せりたちを
腰に据えた太刀のみで
片っ端から狩ってゆく賞金稼ぎ。
またの名を
“褐白金紅”といえば、
盗賊たちの側からも
畏怖と共に知れ渡っておいでの
凄腕なれど、

 “そのように
  名乗った覚えは
  ないのだが…。”

そうでしたね。(苦笑)
一体誰が名付けたものやら、
恐らくは風体からの
単純な呼び名だったものが、
気がつけば…ゴロツキ避けに
それ以上はない
まじない札扱い。
一体どれほどの逸物、
いやさ怪物と
思われているのやら、
現れた本人たちが
あまりに普通の旅人なことへ、
当初は拍子抜けされることも
しばしばだったとか。
今もまた似たようなもので、
鋼色の豊かな髪を背へまで流し、
すっかり煤けて
褪めた色合いとなった
白い砂防服を
ずるりとまとった物静かな壮年と、
それへ輪をかけたように
もっと寡黙な若い衆との
二人連れは、
さしたる気配も立てぬまま、
あまり人目は引かずにおいで。
さて そろそろ発とうかと、
それが警戒の基本だからか、
それとも照れ隠しの裏返しか、
同じ床几で、
なのに反対側を向いて
座していた連れへと、
短い声をかけた壮年殿だったが、

 「………。」
 「久蔵? 如何した?」

口数の少ないのは
いつものことだが、
それとは微妙に違う
沈黙を見せているようなと。
そこはそれこそ、
互いへの関心の度合いも深いまま、
共に旅する相手のこと、
気づかないでどうするか
と…いうほどの大仰さもなく。
床几に腰掛けたままで
ひょいと背を倒し、
こちらを向かぬままの
痩躯の青年の方、
勘兵衛が見やったところが、

 「……。」

眉を寄せての、
強いて言えば“困った”
というお顔で、
そちらは真っ赤な旅着の
腰辺りから、
青年の持ち物にしては
やや小さめな手を抜き出してくる。
そこにある
“隠し”に入れていたらしく、
だが、座っていた間
ずっとというのもおかしな話。
何か違和感でも覚えてのこと、
手を突っ込んだら
異変を告げる何かに気づいた
という順番だったらしく。
そして
その手の中にあったものは、

 「…………何だ?
  それは。」

やはり強いて言えば、
カナブンのような形と大きさの、
だがだが、何とはなく
ひしゃげてしまった
感のある代物で。
銀紙で包まれているそのまま
変形したらしいそれは、

 「あらまあ、
  チョコレートですね。」

 「………っ☆」

やはり ひょいと
そんな二人を見やった
女将さんが、
あっさり言ってのけた一言が、
ずばり正解だったようで。
え?と、
意外な名詞へ
不意を突かれたらしい
勘兵衛とは正反対、

 「〜〜〜〜。////////」

鉄面皮だの、
氷のようなだのと
評されることの多い、
凛々しいまま滅多に動かず、
表情薄い…はずな久蔵のそのお顔の。
頬や目許が
ほんのりと朱を帯びての、
肉薄な口許が
うにうにとたわみまでしたからには、

 「…大当たり、か。」

しかもしかも、
勘兵衛からすりゃ
途轍もないほどの判りやすさで、
含羞んでおいででもあって。
恐らくは、どこかで入手したもの、
後で食そうと思って、
隠しに突っ込んで
いたらしかったそれが、

 「この暑さで
  柔らかくなって
  しもうたのだな。」

白い手のひらの上へ
コロンと乗っているそれは、
いびつになる前は
やや楕円の半球という
形だったに違いなく。
それが今は、
真ん中が少しへこんでの、
ソラマメ型になりかかっている。
触っていても柔らかさが判るのか、
どうしたものかと
問いかけるようなお顔になっており。
そのお顔が何とも
かあいらしい
頼りなさだったものだから、

 「このくらいなら
  問題はないさね。」

くすりと微笑うと、
女将へ一言 告げた勘兵衛。

 「すまぬが、
  湯飲みへ水を一杯
  所望したいのだが。」

 「あい、承知しました。」




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