■千紫万紅 〜賞金稼ぎ篇 4

□夕べに涼む
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昼間ひなかに
陽盛りの中に立てば、
相変わらずの暑さは
ひりひりと強く、
すぐにも汗ばんでの
鬱陶しいばかりではあるものの。
それでもこの何日か、そう、
先日
大雨が降ってからこちらは、
朝晩が急に涼しくなり、
しんと静かな野辺には
虫の奏でが聞こえもし。
ちりちり・りりり
というのは鈴虫か、
いやいや、
りぃりぃりぃというのが
そうかも知れぬと、
夜陰の静寂の中、
幾重にも重なる涼やかな音色を、
夜風の涼しさとともに
楽しんでおれば。

 「………。」

懐ろから
こそりという身じろぎが届き、
夜空を覗かせていた
格子窓から降ろした視線で、
んん?と見下ろせば、
そちらからも
“?”という気色のこもった、
紅色の視線が向けられるのと、
すぐの間近でかち合って。

 「虫の声をな、
  聞いておるのだ。」

幼子へと語るように、
それでも
低くした声で紡いでやれば。

 「…っ。///////」

耳元近くでの声には
過敏になるか、
ほのかに見張った双眸の縁が
じわりと朱を滲ませ、
口許には
何かしらを堪えるような
たわみようが浮かんで。

 「〜〜〜〜〜。/////////」

そちらから
問いかけて来ておきながら、
逃げ出すように、ぱふりと、
元居たところへ
お顔を伏せ直す
紅胡蝶の君であり。

 『随分と
  お変わりになられましたな。』

当初のころは、
それこそ極寒の山中の杣家なぞで、
そうしておらねば
凍死しかねぬからと、
そっぽを向きつつ、
渋々のように
身を寄せていたものが。

 『今ではどうでしょう。』

暑い間は、
夜中であれ衣紋越しであれ、
熱が籠もって
擦り寄ることが我慢出来ぬのが
口惜しいと。
恨めしそうに
ぼそりと零すほどの変わりよう。
もっともそんな愚痴、
さすがに勘兵衛へと
直接言ったりはしない久蔵であり。
時折、
七郎次が上手に絆すのへと
釣り込まれ、
うっかり口に
上らせてしまうという、
まだまだ奥ゆかしいクチの
吐露であり。
勘兵衛自身も、
それを聞いたのは
七郎次の口からだったが、

 “とはいえ。”

わざわざ言葉にして
自覚せずともと、
苦笑とともに
思えてやまぬ勘兵衛なのは、

 「………。」

相も変わらず
羽根のように軽い肢体で、
床へと座り込んでいる
こちらのお膝へまたがって来。
膝下や足元へ、
長々した紅の裳裾が乱れるを、
左右へさばき割るのも
放ったらかして。
そのまま懐ろ深くへ
もぐり込み、
こちらの胸元へと頬を寄せ、
細い肩口を
擦り付けて来るのも久方ぶりと。
しみじみ
安堵の吐息つく彼なのを、
ほんの鼻先に
見下ろせているからで。

 「………。」

金の綿毛も
その輪郭が曖昧なのは、
夕方上った月が、
とうに西へと去ったあとだから。
今宵の臥処(ふしど)にと選んだ、
街道の外れの煤けた社には、
明かりのための
火の気もなくて。
だがまあ
この季節なら
暖を取るまでもなかろと、
着のみのまんま、
適当な壁へ凭れて
寝付いたお互いだった
はずなのだけれど。
古床にみしりとも
音立てずに歩み寄って来ての、
あっと言う間の
この有り様に、

 “殺気がないからとは言え…。”

その懐ろへ
やすやす他者を
もぐり込ませるとは、
こっちもこっちで
他愛なさすぎ、
緩みすぎには違いないと。
かつての戦さでは
“北の白夜叉”とまで
呼ばれた彼が、
精悍さの中へ
人性の深みをもくわえた
男臭いお顔へと、
味な笑みを滲ませ、
くすりとほころばせて
しまわれるばかり。

 「………。」

秋の訪のい、
静かな安らぎにひたりつつ、
ちいとも育たぬ薄い肩や、
つんとすべらかな鼻の先、
頬の輪郭などなどが、
夜陰の中へほのかに白く
浮かび上がる眼福のみならず。
連れ合いの
どこか頼りない肌の温みや、
おっ母様とおそろいの
ほのかな髪油の香などまでも、
静かに静かに
堪能する壮年殿だった。




   〜Fine〜  11.09.07.





いやあ、
朝晩は涼しくなりましたね。
急転直下という感さえある、
熱帯夜さん さようならな
日々の到来で。
虫の声も清かなひとときが
やって来るのを
待ってるんだと思えば、
昼間の途轍もない残暑も
何とか我慢が出来るというもの。
そして、こちらのおっさまは、
暑いのが苦手な新妻の、
無自覚な安堵と甘えにこそ、
秋の到来を
感じておいでのご様子で。
ええはい、もうもう、
判りにくかったかもですが、
ご満悦ならしいですvv



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