■千紫万紅 〜賞金稼ぎ篇 4

□みどりの泉にて
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 人々の挨拶にも“暑い暑い”の連呼が挟まり、人の行き来の結構多い街道じゃあ、そろそろ強まる陽に晒され、道が目映いほど白く照り返すようになるのも もうすぐだねぇという、そんな頃合いを目前にして。

  ―― ざざぁっ、と

 下生えの草も茂みも伸びての、風を受けたそのまま葉を鳴らし。頭上の梢でも、青々とした新緑をたわわにつけた枝々が、大きくしなりつつ“ざざん”と どよもす。夏らしくも強くはあるが、同時にどこか湿気の満ちた風なのは、まだまだ初夏の長雨が終わってはおらずで、その余韻を抱えた雨雲が間近いからだろか。草いきれの香も濃い中を、何に追われているものか、

 「……っ。」

 行く手へ何が飛び出すでもないというに、時折たたらを踏むほど それは焦燥した様子を見せつつ、むせ返るような青々しさの中を駆けている存在があり。真っ黒な装束と腕脚、そして目のみがグリグリした顔という奇異な姿の彼こそは、かつては“甲足軽”と呼ばれた機巧躯の身で。そうまで躍起にならずとも、鋼の肢体は並の人よりずんと優れた力を持つはずなのに。疾走する脚力の並外れた速さや持久力にあっては、誰にもそうそう追いつかれやしなかろし。追随されたとしても、何となりゃその力自慢な膂力もて、振り払うことも容易だろうに。かつては凄惨な戦場を我が物顔で闊歩し、敵の首級を容赦なく毟り取った身。大戦が終われば終わったで、悪名高き“野伏せり”となっての一般の民らを震え上がらせ、怖いものなぞない身のはずが、

 《 なんで、こんなところに…っ。》

 時折手足がもつれるほどの慌てぶりは、そもそも彼自身が非力な人々へと演じさせて来た姿ではなかったか。ただ眼前へと現れるだけで、人は皆、命奪われる恐怖に身を竦め、途轍もない恐慌状態に陥ってのあたふたと、ともすれば滑稽なほどの大慌てで こけつまろびつ逃げたもの。何の非もないにもかかわらず、力づくにて薙ぎ払われるとの噂しか聞かぬ、鬼のような所業をもたらす機巧躯の野伏せり。そんな思わぬ相手に出喰わしてのこと、命ばかりはお助けを…と 心から驚き必死で逃げ出す逼迫の様を、だっていうのに鼻で嘲笑った側だったはずが。今の今、自身が演じているのだから、これこそ因果応報というものか。様々な機巧をその身に抱き、ずば抜けた力と能力持つはずが、生木(なまき)をへし折り、岩をも砕く勢いで走りを失速させつつという無様な逃げっぷり。

  ということは、
  それらを駆使してさえ
  敵わぬ相手に、
  追われてでもいる…と
  いうことだろか?

 出鱈目な駆け抜けようから薙ぎ払われる草や木々の、青臭い香りが周囲の空気をますますと青く染める。その中に確かに人の気配がし、それを拾える感知器官が鋭いことが今はあだになってのこと、黒づくめの機巧侍を煽り立ててやまぬ。常人には追いかけるなんてとんでもないはずの脚力をものともしない、そも、恐ろしいとか面倒は御免と避けて通るはずの相手を、こうしてわざわざ追うというだけでも、普通一般の民ではない証しじゃあないか。連れの一人だった鋼筒をあっさりと胴斬りにし、中から転げ出た搭乗者の配下を降伏させた、賞金稼ぎの二人連れ。目にも止まらぬとはよく言ったもの、まさかに消えてなくなるのじゃあなく、対峙する相手の刃の切っ先を追う動態視力や反射とか、こちらの能力をあっさりと越えるほどの素早さで、鋼の刀を振るう鬼。それこそ生身の侍以上の感応力を備えた身のはずが、だのに対応敵わずに。切り伏せるはずが迎えに行ったかのような間合いになって、腕をすぱりと落とされてしまった仲間を見捨て、その場から逃げ出したこちらの甲足軽であり。追いはぎの縄張りにしていた街道からどんどんと離れてしまうのは、そちらへ向かえば見えぬ気配が立ちはだかるから。実際に見えずとも“判る”身なことを呪いつつ、そろそろ駆動系が限界か、息が上がるような感覚が“止まれ”という指示代わりに伝わって来たその矢先。

 《 ……っ。》

 不意に開けた視野。いきなり眼前から木立が消えて、足元にも大地がなくなる。わっと声を上げる間さえないままに、ざぶりと落ちたは…冷たい泉だ。湧き水かそれとも人造のため池か、どこかからと流れ込む側のせせらぎもない代物だったので感知が間に合わなんだらしく、

 “……そうか。”

 連れの仲間をあっさり薙ぎ払った紅衣の侍。だが、返した刃の間合いが微妙にずれてのこと、弾けるように逐電した自分へは刃先も届かずで、そこから始まったこの追跡行であり。街道に沿うて逃がしては見失うと恐れたか、追い込むような追跡はなかなか堂に入っていたものの、

 《 馬鹿め、
  水へ追い込めば
  動きが鈍くなるとでも
  思うたか。》

 遠かろと静かだろうと構いなく、やすやすと気配を拾う精密な感応器官の、電磁部品はだが、濡れれば漏電するだろと見越したか。だとすれば、若造の浅知恵、蓄積足らぬ身の浅はかさよと、あざ笑うように言い放ち、

 《 いくら機巧という身ではあれ、
  そう簡単に
  お釈迦になるよな
  ひ弱な電装は…。》

 「使こうておらぬことくらいは、
  承知しておるさ。」

 追っ手がいた側を見定め、肩越しに振り返って言い放った甲足軽へと掛けられた声は、逆の側…彼が飛び込んでったそのまま正面から立ったものであり。しかも、

 “この声は…?”

 最初に切りかかって来た金の髪した痩躯の侍は、そういや まだ一言も声を放ってはいないのだけれど。それでも…すべらかな頬をした面差しや、真白き肌をした手などから、相当に若々しい存在だと見受けられ。そんな彼が出したにしては、重厚で落ち着き払った、深い響きのするお声、しかも進行方向から掛けられたのは二重に意外だと。それがどういうことかを頭の中にて ぐるぐるぐるんと考えつつ、声を拾った集音機能に沿うた連動、声がした方へと視覚機能を振り向ければ、

 《 な…っ。》

 それもまた人工の泉らしい作りということか。いきなりの深みに腰近くまで浸かったこちらを見やる人影が、少しほど先に立っており。そちら様もまた、腰までという深々と、泉に浸かっておいでであり。褪めた白の装束の、砂防服なのだろうあちこち風を通すために余裕を取ってある長さの袖やら裾やらが、思い切りずぶ濡れとなっていはしたが、

 「お主を
  水場へ追い込んだは、ただ単に、
  街道沿いを
  騒ぎに紛れて逃げられては
  かなわんと思うた
  までのこと。」

 当たるを幸いにと、すれ違う人々を楯にされたり突き飛ばされたりしては被害甚大。そこで、人の立ち入らぬ泉の所在を聞き、そちらへ追い込もうと図ったまで。それと、

 「それと、
  お主らの感応器は
  精密なればこそ、
  水に冷やされた存在を
  区別して拾うのは
  難しかろうとも
  思うたのでな。」

 《 …う。》

 現に、こちらの壮年が待ち構えていたなんて、露ほども察知出来なかったほどであり。その身や衣紋を濡らすことで、水と同じほどの低い温度をまとうておくという戦術は、機巧躯との対峙に慣れておればこその知恵。ぐうと息を飲む甲足軽の上背のある肩の上、顎のない首元へ添わせ、背後からすらりと突きつけられたは細身の和刀の切っ先であり。

 「抵抗すると、
  そやつが突くぞ。」

 そちらもまた、武骨で雄々しい意匠の使い込まれた大太刀を抜きはなっての構えたままにて。連れがいかに恐ろしいかをけろりと語る、屈強精悍な蓬髪の壮年殿であり。こんな恐ろしい存在二人掛かりで挟み撃ちにあって、一体誰が逆らったり出来ようかと。そのまま得物の太刀を手放すと、肩を落とした甲足軽だったということで。





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