■寵猫抄 3

□秋の こがねの…
1ページ/4ページ



時折、それらしい
冷ややかな風の
吹いた日もあったが、
直前までの酷暑から引き続き、
いつまでも続いた
残暑の余燼か、
上着の必要に迫られたのさえ、
ずんと遅かった感の強い
この秋で。
それでもさすがに、
十一月も末とまで
押し迫った
この頃合いともなれば、
長く戸外にいるならば、
上着や襟元への装備も
要るかしらんと、
そんな想いがするほどに。
間近い冬の気配というもの、
仄めかすような風の香が
するようでもあって。

 「みゃあう?」
 「んん? 如何したか?」

一応は
首輪もリードも
装着しているものの、
勘兵衛とのお出掛けともなりゃ、
その頼もしい腕へ
余裕で抱えられるのが
一番落ち着くらしい仔猫様。
小さく真ん丸なお顔の真ん中の、
ちょみっととがった鼻先、
晩秋の風の中へと突き立てて、
甘いお声で
注意を招くようにして
鳴いたのへ。
どうしたねと視線を向け、
それから
彼が見上げる先を
同じように見上げれば。

 「ほお…。」

今日は久々に晴れ渡っての
小春日和。
ぽかぽかとした陽が降る中に、
どちらのお宅か、
板塀の上へと伸びた枝先へ、
一つだけ居残された柿の実が
ぶら下がっている。
その橙色がまた、
背景に当たる青空の、
何とも高く
澄み切った色合いに
いや映えて。
目にも鮮やかな
コントラストになっており。

 「にゃあ。」

 「うむ、
  あれは木護りの実
  といっての。」

実を全部を取ってしまわずに、
樹への滋養だったか、
冬場に餌がないスズメなんぞへ、
どうぞお食べという心遣いか、
ああして一つだけ
残しておくそうな、と。
その大きな手の
片方だけで、
十分に包み込めて
しまえそうなほど、
それはそれは小さな仔猫へと。
わざわざ立ち止まって、
丁寧に説明して
やっている壮年であり。
変な人だなと思ったクチの、
通りすがりのご婦人が、だが、

 「 〜〜〜。////////」

強いて言葉へ変換するなら、
“あらあらあらあら〜〜。///////”
というところか。
妙な人…という
先入観があって見やったはずが、
そんな
マイナスファクターなんて、
あっさりと
相殺しての余りあるほど、
そりゃあそりゃあ
魅力的で印象的な
偉丈夫だったものだから。
ちらっと見やったその視線で、
まんまと自分が
その場へ縫い止められてしまい、

 「? 何か?」

御用でしょうか?と、
却って壮年様の側から
不審がられてしまったほどで。
とはいえ、
それも致し方がない。
ともすれば
どこか異国の方かしらと
思わせるような、
彫の深い
はっきりとしたお顔は、
落ち着いた男臭さを
たたえての精悍。
だのに、
その表情は
ただただ穏やかで折り目正しく、
にっこり微笑うと目許がたわみ、
それは暖かい印象を感じさせ。
真っ向から
見つめ合ってでもいたならば、
あっさりたじろぐか
骨抜きにされるか、
どっちにしても
言葉奪われるに違いなく。

 「あ、えと…。//////」

もしかしたら
着痩せして見えるお人なのか、
ざっくりとした編み目の
深緑のカーディガンを、
生成色のシャツと
デニムのボトムの上へ、
すっきりと着こなして
おいでだが。
よくよく見やれば…
その年頃には珍しいほど、
結構な上背をなさってもいて。
それへと見合う寸法の、
かっちりとした肩の線、
広々とした背中、
そしてそして、
何とも頼もしい厚みの
胸板をしておいで。
骨太なのか
持ち重りがしそうな手は、だが、
さほどには節も立っておらずで、
そんなせいか、
何でも器用にこなしそうな、
いかにも大人の男性という、
機能的な趣きを感じさせ。
足腰もまた、すっきり長く、
しっかと頑健そうで。
品があって
なめらかな所作を見るに、
一体どちらの
モデルさんでしょうかと
問いたくなるよな、
重厚ながらも
見た人をあっさりと魅了する、
そんな魅惑をたたえた
男性であり。

 「みゃあvv」

しかもしかも、
その腕へと抱えているのが、
そりゃあ小さな、
キャラメル色した
メインクーンの仔猫。
猫のお顔も、
よく見りゃ…美人と
愛嬌のある個性派とに
分かれるものだが、
その伝で言うなら
間違いなくの美人猫。
潤みの強いつぶらな瞳と
ちょんとした小鼻が、
お顔の真ん中へ
キュッと集まったそのバランスが
何とも愛くるしいし。
三角に立ったお耳の
柔らかそうな毛並みといい、
胸元にふんわりと立った、
シフォンのアスコットタイを
思わす白い綿毛といい。
寸が足りない
小さな小さな腕足の、
それでも無邪気によく動く
活発そうなところといい。
特別 猫好きでなかろうとも、
思わず視線を奪われてしまい、
わあとお口を丸く開けつつ、
お顔までほころばせて
しまいそうな器量善し。
一見アンバランスながら、
緩急自在な蠱惑をおびた
…ともいえよう、
そんな取り合わせの存在が
相手じゃあ、

 「  あっ、あのいえいえ、
  ご機嫌あそばせ。////////」

はっと我に返った途端、
愛想笑いもそこそこに、
名残りは惜しいが
みっともないと、
慌てて立ち去るのが
セオリーであるの、
勘兵衛の方でも
実は馴れっこだったりし。
若かりし頃も
注目は浴びまくりの
風貌だったので、
よくもまあ
ふしだらな道へ
転がってゆかなんだものよとは、
古くからの道場仲間の
お歴々の言いようだが。
そんな皆様と剣を交える日々の方が、
躍動的で、
そのくせ策を練る点では
十分に知的でもあり、
どこまでも深くて
楽しかったのだからしょうがない。
しかも、

 “最近は珍しい反応ではあるが。”

そういや最近は、
お出掛けともなりゃ
あの美人な秘書殿が
必ず同行しているし、
この仔猫さんへと
まずは視線を奪われて
しまわれるので。
勘兵衛自身へ
関心を持たれるなんてことは、
滅多に
なくなってもいたのになと。

 「にゃ?」

どうしたの?とでも訊きたいか、
こちらの胸元へ
小さな手をかけ身を伸ばし、
よいちょと見上げてくる
小さな皇子の
真ん丸なお顔へ
くすすと笑いかけてやる。

 「そうさな、急ごうか。」

随分と前に
お出掛けしてった家人を
追ってのお散歩。
ぼやぼやしていると、
向こうの帰り道へと
鉢合わせになる。
せっかくの散歩だ、
どうせなら出先での時間も
共に過ごしたいしなと、
晩秋の陽に乾いた白を光らせる
家々の家並みに挟まれた通り、
のんびりとした歩調で
再び歩み始めた島田せんせえで。

  はてさて、
  金髪美人の秘書殿は、
  一体どこへのお出掛けなやら




次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ