■寵猫抄 3

□最強の秋?
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酷暑が襲った夏だった余波か、
この秋はなかなか、
作物の豊饒の話も聞かれない。
東北や北陸の米処でも、
今年の収穫米の出来は、
記録的な等級の低さだというし、
葉もの野菜に引き続き、
タマネギやジャガ芋も
微妙に不良なのだとかで、
市場での高値は収まらず。
ブドウは、
昼夜の温度差があって始めて
甘さが蓄えられるのに、
いつまでも熱帯夜が
続いたもんだから、
なかなか熟してくれなくて。
柿も同様で、
いつまでも
涼しくならなんだものだから
色づきが遅れ、
吊るし柿用の渋柿はとうとう、
産地としての本場では
売り出せるだけの収穫さえ
出来なかったとか。

  ……だというのにね

島田せんせえのお宅では、
そりゃあ美味しい秋の豊饒が、
文字通りの山ほど
お目見えしており。

 「さすがは米処ですね、
  早速炊いた新米の
  美味しかったこと。」

 「にゃあっ!」

 「栗ごはんもいいですが、
  シメジや舞タケやと、
  キノコもたくさん
  いただきましたから、
  炊き込みご飯も
  いいですね。」

 「みゃあみゅ!」

 「松茸はとっても立派だから、
  姿焼きにしましょうね。」

 「にゃあみゅっ。」

ギンナンとユリ根は
茶わん蒸しですよね、
お芋はテンプラにして。

 「そうそう、
  久蔵が向こうで、
  ヤマメ?ですか、
  お魚を御馳走になった
  という話だから、
  それじゃあこちらでは
  秋刀魚の美味しいのを
  お返しせねばなりませんね。」

海のものには
なかなか縁がないとも
仰せだったので、
皆さんの分も
持ってってもらいましょうねと
七郎次が付け足せば、

 「にゃ? みゅ〜〜〜。」

おやおや?
ここまでは威勢よく
相槌を打っていた坊やが、
不意にその勢いを
無くしたような。
母子の無邪気な
シュプレヒコールもどきを、
暖かな秋の陽が降りそそぐ
リビングに同座しつつも、
何とも言えぬ苦笑混じりに
聞いていた勘兵衛が。
自分のお膝に
ぽそり埋まるようになって
座っている、
小さな仔猫様の
金の綿毛を見下ろして、

 「?? いかがした?」

大きな手のひらで
髪を梳いてやりつつ
尋ねれば、

 「にぁにゃあみゅう…。」

ちょみっと
心許ないお顔になって、
小さな肩越しに
壮年殿の男臭いお顔を
見上げて来る彼であり。
そちらは、相変わらずで、
あああ、
なんて愛らしい
お顔だろうかと、
白い手を拳にし、
口許へと添わせた
七郎次だったのへ、
おいおいとの視線を飛ばせば、

 「なに、
  焼いた秋刀魚は
  苦いところもあるからと、
  そこを案じて
  いるのでしょうよ。」

久蔵が大好きな
カンナ村の
キュウゾウお兄ちゃんは、
自分よりは年嵩なれど、
それでもまだまだ
子供な方だろうから。
いくら猫でも
秋刀魚の腹は苦いんじゃないか、
そんなのあげては困らぬかと、
そう思ったに違いない。
そうと見抜いた七郎次としては、
優しいお顔を
はんなりとほころばせて、

 「大丈夫ですよ、久蔵。」
 「みゅう?」

向こうの
シチロージさんやカンベエ様が、
そのくらいはちゃんと
心得ておいでですからねと。
案じるように
真っ赤な双眸を揺らめかせる
仔猫へ、
それは優しく微笑ってやって、

 「苦いものや辛いものは、
  まだ早いからって
  大人のお二方が
  ちゃんと避けてくださいます。」

 「にゃう?」

 「ええ。久蔵が
  サンマはにがいって
  知ってるのだって、
  アタシや勘兵衛様が
  ダメって止めたのに
  食べるのって
  聞かなかったからでしょう?」

 「ふにゃう…。////////」


七郎次からのそんな指摘に、
うにゃにゃと
照れたようにもじもじしだし。
背中を預けていた
勘兵衛のお腹へと、
くるり向き直っての
ぱふりと抱きついたのは、
一丁前に
照れ隠しのつもりだろうか。
小さな背中だけ
見せている坊やとなったのへ、
こちらもまたくすぐったげに
笑みを濃くした
七郎次だったけれど、

 「ヤマメもおるのか?
  カンナ村には。」

 「え? ええはい。
  キュウゾウくんが
  以前話してくれましたよ?」






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