■寵猫抄 3

□秋陽一景
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いつまでも
秋物ジャケットを引っ張り出せない、
夏の名残りの陽気が続いて
困っていたものが。

 ふと 気がつけば

朝晩の風の涼しさに
おおうと首を竦めたり、
どこからか運ばれて届く、
金木犀のそれだろう、
甘く華やかな香りに
キョロキョロしたり。
町なかの庭木でさえ
色づきを始めており、
その梢から
バサバサッと飛び立つは、
澄んだ空気の中、
やたら鋭い声を
きちぃちぃと立ててく、
今時分の鳥だったり。

 ―― そうだよ、
    あれって
    秋によく聞こえる
    鳴き声だ

朝一番に新聞をと
出ていったポーチに、
色づいた枯れ葉が
ばら蒔かれたように散っていて。
庭の奥向きのユズの茂みに、
小さな緑の実が
育ち始めていて。
一際大きな落ち葉は、
初夏に
オレンジ色の果実をもいだ
ビワの樹からのもの。
ありゃりゃ、
あんな高いトコから
落ちたんだと、
剪定の機を逃した、
他はまだまだ緑の葉ばかりの
樹を見上げれば。
その向こうには、
随分と高くなった秋の空。

 “……こういうのって、
  本当に
  気づかぬうちに
  やって来ているもの
  なんですねぇ。”

リビング前の芝草の上にも、
様々なところから
風に運ばれたらしい、
多種多様な落ち葉が見受けられ。
それを見つけて
“ああもうそんな頃合いに
 なっていたか”と、
後づけで気づいて
周囲を見回すという
順番になっているなんて。

 “よほどに毎日、
  楽しいことだらけ
  なんだろなvv”

だって、
小さな子供とレベルが一緒
じゃあないかなんて、と。
他でもない
自分の身のことだのに、
そんな言いようをしての、
くすぐったげに苦笑をし。
庭ボウキで掃き集めた枯れ葉を
手際よくまとめたところで、
あ・しまったと、
ちり取りを取りに
ポーチの端までを急いで急いで。
たかたかと急ぎ足で
元の位置まで戻って来た
七郎次だったが、

 「…あ〜あ。」

やっぱりなぁと
苦笑した視線の先では、

 「みゃっ、にゃうみぃvv」

小さな仔猫様が、
それは素早い突撃を
敢行しておいで。
おおかた、
かささと乾いた音立てて、
コンクリートのポーチを
くるくる躍る木の葉の様に、
彼なりの狩猟本能を
刺激されでもしたのだろ。
それらがこんもりと
集められてた
落ち葉の固まりだなんて、
こんな魅力的な
攻撃目標はなかろうて。
前足を地につき、
上体を深く低めての
伏せの姿勢になり、
後足へバネを溜めてという、
狙いを定める姿も一丁前に。
自分で蹴散らしたばかりの
落ち葉の山から、
風に煽られてか
ひらりはらりと
舞い飛ぶクチの小さいの、
真っ赤な双眸でじいっと
見据えている格好は、

 “…うあ、
  なんか
  真剣なんですけどvv”

間合いを考えず割り込むのは、
茶々を入れることにならないか。
何より、これはこれで、
仔猫には必要な
“手習い”みたいな
もんではないのかと。
そうと思えば、
声をかけるのでさえ
憚られるような気がしてしまい。
ホウキとチリトリという、
庭掃除用具一式を
両手に持ったまま、
立ちんぼして
見守るばかりとなっている
七郎次を、
そちら様は
リビングの中から
見つけたらしい勘兵衛が、

 「? 
  七郎次、如何した?」

じっと立ち尽くしているのは
…もしやして、
今年最後の
アレでも出たかと。
せんせえも
せんせえなりの案じから、
お声を掛けて
来たのだろうけど。

 「にゃっ! みゃうっ!」

いったん腰を
後ろに引いてという、
やはりキチンと
理にかなった手順の下、
後足へ溜めたバネを
一気に弾けさせた仔猫様。
そんな彼が
ぴょ〜いっと勢いつけて
飛びついた先にあったのが、
庭履き用のサンダルが
置いてあった
沓脱ぎ石だったのは、
誰かが企んだことじゃあ
なかったものの。

 「おおっとぉ。」

飛んで来た小さな覇王様の
勢いが生んだ風圧で、
軽々と四散してしまった
落ち葉の向こう。
サンダルへと突っ込んだ足、
沓脱ぎ石から降ろしたばかりな
勘兵衛の足へ、
久蔵がどーんと
体当たりする格好に
なった顛末には、

 『やっぱり
  巡り合わせの
  いい子ですよねぇ。』

だって、
勘兵衛様がおいでにならねば、
沓脱ぎ石の方へ
頭から突っ込んで
いたのですものと。
そうなっていたら、
どれほどの惨事だったかを
想像してしまったか。
ふるると
肩をすぼめた七郎次が、
感慨深げな声でそうと言いつつ。
何が起きたか、
まだ判ってないらしき、
コテンと転げた格好の、
小さな皇子様を
両手で抱え上げてやっており。

 “いやさすがに、
  とっさのブレーキを
  かけておったようだがの。”

あくまでも目標だったのは、
その手前の
落ち葉の小山だったので。
石を目がけてというほどの
向こう見ずから、
突っ込んで来た訳でも
なかったようだが…と。
仔猫の小さなオツムが、
スラックス越しに
自分の足元へ
ぶつかった感触などから、
そうと解析した上で、
真っ当な確信をしはしても。

 “まあ…いっか。”




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