■寵猫抄 3

□秋の訪のい?
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そういえば
蝉の声が下火になった。
宵を待たずとも、
日陰の草むらから虫の声がする。
朝起きて、
まずはと窓を開けると、
結構いい風が吹いている。
新聞を採りにと
門までを行く途中で、
蚊の急襲を受ける率が減った、
ような気がする。

 “何だかんだ言っても
  秋ってことかなぁ。”

とんでもなく
暑かった夏は まだ、
西日本や
中部地方などなどを中心に、
猛威を振るっている
そうではあるけれど。
都内にしては
緑の多い土地なせいだろか、
あの炙られるような暑さ、
ここいらでは
とりあえず一段落したようで。

 “昼間のお買い物は、
  まだちょいとキツイですが。”

あまりの暑さを記録した日なぞ、
お出掛け大好きな久蔵が、
勘兵衛の足元に居残り、
行ってらっしゃいと
七郎次を玄関で
お見送りくださったほど。
その時はさすがに、
主従二人で“あらまあ”と
呆れたものの、

 “まあ、あの日は
  勘兵衛様が
  執筆から離れていらしたし。”

空調をしっかと整えていても、
不思議なもので
暑さか不快指数が届くものなのか。
昼間の書斎が
どうにも落ち着けないと、
テンションを上げ切れずにいた日が、
珍しくも何日かあったようで。
もしやして体調がお悪いとか…と、
ついつい先走って
案じかかった七郎次だったが、
どうやら
単に集中出来ぬだけだったようで、

 『これ、久蔵。
  爪を引っかけるでない。』

 『にゃあみゅ、みゃっvv』

プロットはお在りだったらしく、
思いつく端からメモを取ってみては、
久蔵に邪魔をされ。
これはたまらんと
頭上へと遠ざけたその腕を、
器用にシャツへと爪をかけての、
一気に
駆け登られたりしていたのが、
向かい側のソファーにいた
七郎次には、
何だか即興のコントを
見ているようだった。

 「にゃっ、みゃうvv」
 「久蔵、日陰にいるんだよ?」

ツナ缶とコーンをソテーし、
ふわふかのスクランブルエッグで
くるんと包んだオムレツと、
バターの風味も豊かなパンケーキ。
あ〜ん、
はふはふ・あむあむと、
朝からしっかり食べた仔猫様は、
今日も変わらずお元気そうで。
七郎次おっ母様が
洗濯物を干していた、
その足元にいたそのまんま、
お庭の探検を続行中。
何だか今ひとつ
乗れなかったらしき
島田せんせえも、
昨日今日は
調子が戻られたものか。
そちら様は
エノキのみそ汁に白米、
ムツの塩焼きに
小松菜のおひたしという、
純和食の朝食をとるとそのまま、
真っ直ぐ書斎に
下がってしまわれて。
あとで読み合わせを頼むと
言われているので、
冬の号の読み切り1本、
2日で仕上げてしまわれた
ようであり。

 『雪原の中、
  ひどい“しまき”に撒かれつつ、
  氷や吹雪を操る
  邪妖と戦う話での。』

しまきというのは
横なぐりの風に乗った
猛吹雪のことで。
そんなほど涼しい (?) お話を、
この酷暑の中で巧みに算段し、
身に添う凍感を招くよな、
見事な描写で
したためられるだけの、
ずば抜けた集中を
練り上げられるのだから、

 “作家の創造力や表現力って、
  やっぱり
  大したもんだよなぁ。”

それともそれとも、
執筆と並行し、
その身を引き絞る鍛練も、
欠かさず続けている
勘兵衛だからこその
所業なのだろか。
ともあれ、
家事も一段落ついたのでと、
今時の話題や服装なぞの参考に、
それもまた
勘兵衛の執筆の
資料として購読している
雑誌を何冊か、
テーブルの上へと
引っ張り出した
七郎次だったが。
やっぱり蝉の声が
ずんと減ったらしき
静かな庭から、
仔猫が紡ぐ、
愛らしい鼻歌のような声が
聞こえて来るものだから、

 “…何をそんなに
  ご機嫌さんなのかな?”
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