■小劇場 3

□檻の中
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そこは省庁が支援している医療関係の財団の研究所で。主には難病への抗体研究や、遺伝子関係の臨床などが扱われている関係でだろか。空気の良い土地という静かな環境下への立地が求められ。それでと選ばれたのは随分と鄙びた片田舎。家族のある職員なぞは、週末にのみ帰宅が適うという半単身赴任状態に置かれており。この不況下でも昇給は続いていたし、有給も多めとあって、辞める者は滅多にないものの、

 『ここまでの待遇でなきゃあ
  やり手がいないって
  順番なんじゃね?』

 特に経過観察する対象もなく、定時に退社出来たとて、近場に飲み屋の一軒もない田舎じゃあなと、苦笑を零してた同期の友人が、

 『あ、しまった。』

 滅菌室の鍵、閉めたかななんて。他愛ないことを気にして口にしたものだから。

 『ああ、それなら
  俺が確かめてから帰るさ。』

 資料整理に手間取っていたので、きりのいいところまで済んだらば、そっちも確かめてから上がるからと、安請け合いして皆を見送って。

 「……っと。
  何だ、
  ちゃんと閉めてるじゃないか。」

 大雑把なんだか神経質なんだか、要領だけは良い、彼の友の顔を思い出し。やれやれと肩をすくめると、一応 管理室から借りて来た鍵をデスクへと返し、しんと静かな館内に、自分の足音だけを響かせながら、玄関のある階までを降りるエレベーターへ乗り込んだ。この週末は連休だからか、年度末だということでのバタバタを終えた事務の職員のみならず、研究員や主幹クラスの教授らまでが、どこかそわそわと落ち着かなくて。

 “といっても、
  人事異動の発表もなかったし。”

 政争や何やという影響の及ぶ所轄でなし。そうかと言って、税金の無駄だの不要の長物だのと、支援を打ち切られそうな研究所でもなし。その成果を派手に取材されるようなこともないが、ないと困ろう人々も少なくはないという。地味だがだからこそ堅実で、だからこそ ある意味安泰な、そんな研究所………のはずだった。

 「………え?」

 ほんの数階、何なら階段を使って降りてもよかったが、つい習慣で乗り込んでしまったエレベーターのゲージが、がくんと、妙な間合いでいきなり停まってしまったものだから。ぼんやりと他愛のない想いを巡らせていた思考も止まり、何だ何だと周囲を見回す。10人近くが乗れる大きさのゲージは、だが今は自分しか乗ってはなくて。大きく跳ね回った訳じゃなし、自分が原因での急停止とは思えない。操作パネルを見やれば、自分が押した1の数字だけが灯っており、

 “非常ベルも
  鳴ってはないしな。”

 火事や地震でということじゃあないらしいし。誤作動かなぁと思いつつ、あまりに静かなのが逆に不気味で。操作パネルにあった非常呼び出しのボタンを押したが、

 「………もしもし?」

 パネルに設置されてるマイクの位置へも呼びかけたが、何でだろうか、反応がない。確か、エレベーター会社の方へと通じているはずだろうに。だったらこの館内に人がおらずとも、何かしらの応答があろうに…うんともすんとも声がしない。停電でも起きてのこと、通話も届かぬか、いや待て、だったら何で照明は煌々とついているものか。

 ― 電気系統は無事ながら、
   通信系統には支障が起きている?

 何だよこれ、いくら田舎の施設でもメンテナンスはマメだったはずだろに。少々ドキドキしつつ、上着の懐ろから携帯を取り出したが、どういうことか“圏外”という表示になっており。いくらここがゲージ内という奥まった場所であったって、館内には無線LANが敷かれているはず。そこから外への回線へ断線などの支障があったということか。

 「…何だよ、これ。」

 ドラマや映画じゃあ観たことある状況だけれど、まさか自分自身がこんな目に遭おうなんて、一体どのくらいの心配症が思うのだろか。地震が起きた訳でもなし、停電でもないってんならば、もしかして気づいてくれる人もいないんじゃあ。しかも、

 「………あ。」

 明日から連休じゃんか。経過観察が要りようなものがないじゃないけど、研究室は別の棟だし、こっちの事務棟は、まる3日 誰も来ないぞ。

 「うあ、それって
  立派なサバイバルじゃんか。」

 どうしようか、どうしたらいい? 大声出しても研究棟までなんて届くまいし。通信回線の故障なら、外へと異状を知らせる手段もなし。あ、でも待て、通話用の回線のダウンだってんなら、データのやり取りとか普通の通話とかしかかって、繋がらないなおかしいなって気がつく当直がいるかも知れない。それまで待ってりゃ、何とかなるかも? 見上げた天井には、点検用のハッチなのだろ、外へと出られそうな一角があるけれど。何かで あれって中からは開けられないって聞いたことがある。だってそんなことがひょいひょい出来たら、子供がやってみたりして危ないし、泥棒の侵入経路にもなりかねないし。なので、工具を使っての外側からしか開けられないって、そんな話を聞いたんだっけ。まあ、開いたところで、何の足場もないんじゃあ、飛びつけないし上がれもしないけどさ。どっかの、世界一 運の悪い刑事じゃあるまいし。こんなところを出入り出来るような人って、現実にいるんだろか。

 「…………………え?」

 いきなり間近で、ゴンって大きな音がした。思わずのこと、声が出ちゃったぞ。え? え? 何だなんだ? ゲージが揺れた。ゴトンって音がしてから、下向きに ゆさりって。天井から何か音するし、何だよ、何なんだよこれ。この研究所、実は祟られてんのかよ。難病で亡くなった人とか、臨床で悪化して、なのに“そんな人はいない”って揉み消された例があるとか? わっわっ、何か明かりが点滅してる。え? 何の音だ? カリカリとかカチャカチャとか、引っ掻くようなの、上から聞こえてるけど………、


  「誰ぞ、おいでか?」

  「……えっ?
   って、ひゃあっっ!」






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