■小劇場 3

□寒夜の供寝
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随分と長々暖かで、
紅葉もずんと遅れた秋だったから、
この分では
この冬もまた暖冬かと思いきや。
クリスマス前に
急転直下の寒さが襲い、
それが一旦ゆるんだかと思わせて、
年の瀬、大みそかから新年にかけて、
近来稀なほどの極寒が、
日本海側を一気に猛襲。
殊に 三が日明けの
仕事始めに合わせるように、
ぐんと本格的な寒さと豪雪が
全国レベルで襲い来たのへは。

 “マイカーで
  里帰りしたクチの社員らには、
  随分と酷な
  お年玉になっておったようだの。”

ETCに限るとはいえ、
高速料金が
一括千円というのはやはり魅力。
遠距離であればあるほど、
旅費が途轍もなく助かるのでと、
例年はJRや飛行機を
使っていたクチのご家族までもが、
果敢にも車での帰省に挑んだらしく。
お盆に試してみたから
というご家族も、
よもやこうまで
同じことを考えるご家庭が
あろうとは思わなんだか。
二日の上り車線の渋滞は、
どこも壮絶を極めたらしく。
30分かからぬ距離を
数時間かけてという進みようにて、
帰還する羽目になったとか。
そんな混み具合も
もはや新春の幻と消え、
今度は三連休だからというそれか、
スキー場や温泉地に向かう
下り車線が、
またまた混み合いつつある
3連休の最初の晩。

 「…。」

こちら様は単なる帰宅、
都内のベッドタウンへと
高速から降りると、
ベルベットのような
深い奥行きのある夜陰の中、
なめらかな走りで愛車を駆る。
経済界の情勢としては、
昨年から引き続く
不況の陰も色濃いものの、
案じられていたドバイショックも、
何とか修復されつつある
とかいう話だし、

 “務めの方へも、
  特に何か言ってくる気配は
  ないようだし。”

土地や地域によっての
きな臭い胎動がないではないながら、
それは今に始まった話じゃあなし。
何より、予見・偏見を持たぬよう、
そっちの情勢には、
あんまり深い関心
持たぬよう心得るのが、
こちらの壮年殿の常。
手慣れた様子でハンドル切って、
世界で最も心安らぐ
我が家へと到着し。
エンジンを切ると同時、
深々と安堵の息をつく勘兵衛であり。
車外へ降り立てば、
たちまち襲うのが、
薄氷をまとわしているかのような、
凍った夜気のおもてなし。
ツィードのスーツやコートに
覆われてはない、
背へと垂らした伸ばした髪にも
隠し切れてはいない、
僅かに露出している顔や手へと、
ひたりと寄り添う寒気の鋭さに遭い、
思わずのこと首をすくめる。
吐息を白く曇らせながら、
短いステップを駆け上がり。
レトロなランプ型の灯火に
甘く照らされた、
玄関の厚い扉、押し開けたその途端、

 「お帰りなさいませ。」

柔らかな明かりが灯る中、
上がり框の上、
板張りに直に正座をし、
姿勢を正した七郎次が
待ち受けておいで。
まさかにずっとずっと
そうしていた訳じゃああるまい、
車が車庫へと入る
気配を聞いたから
という手際であろうが、
それでも、

 「まだ起きておったのか?」



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