ワケあり Extra

□いまだ 花冷えにて
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 『おや久蔵、
  お出掛けですか?』

 高校でやっと出会えたくらいだ、お互いが住まう町は結構な距離を挟んでいる間柄だったが。使う交通機関は同じ沿線だったので、約束がない日でも、こうして偶然同じ列車に乗り合わせることは珍しくはなくて。

 『…?』
 『アタシは
  ちょっとその…。///////』

 何へ対しても堂々としているのが常な七郎次だったが、彼女なりの気張った装いをしていて、しかも久蔵からの目顔でという問いかけへ、そうと察したその途端、たちまち しどろもどろになったのが、何とも判りやすいったら。

 こんな昼間にも逢うのかって?
 うん。…でも時々だけどもね。
 ほら勘兵衛様って、
 夜中に張り込みだの何だのが
 多いじゃない。
 だから、
 昼日中の方が
 体は空いてるらしいんだけど。
 そんな時間にも
 手掛けることは
 山ほどあるらしいし、
 無けりゃ無いで、
 仮眠とかしてるみたいだし。

 警視庁の捜査一課の、えとうと、何の担当だったかなぁ? 部下や仲間を信頼してないワケじゃあないが、事務方仕事はともかく、訊き込みや犯人検挙となると、証拠や証言を積み上げた事実の末の推測だけじゃ足らず、長年の経験で培った感覚が勝負という場面が多々あるものだから。ついつい、自分の耳目も同座させていた方が、いいんじゃないかと感じてしまう、壮年警部補殿であるらしく。

 『昼間にメールしても、
  うんともすんとも
  返って来ない日が多いったら』

 さも可笑しいことのように目許たわめて語る七郎次なのが、なのに聞いてるこちらは居たたまれない。相変わらずに我慢強いその人性が、あんな男には勿体ないと思いもするが、当の七郎次がぞっこんなのだから、こうなるともう、応援に回ってやるしかないじゃあないか。ちょうど久蔵も同じ街角までお買い物にと出掛けるところ。だったら相手が来る頃合いまでの、相手欲しやなその間、暇つぶしにお付き合いしようじゃあないかと、駅から此処までついて来たのであり。久し振りのいいお日和な日曜とあって、人出も多くて 人目も多い。それでも何とか、道端の手頃なスペースに立ち位置を見つけ、他愛ないことを話していた二人だったのだが、

 「……。」
 「あ、
  ちょっと待ってくださいな。」

 じっとしていると降り落ちる陽がじりじりと熱いほどなのでだろう、連れの久蔵が白い手を上げ、ふわりとした前髪の下、額を甲で拭おうとしかかったので。待て待てと押しとどめ、ポケットに入れていたハンカチ取り出し、そのまま ほれと拭ってやったた七郎次だったが、

 「あれ?
  キュウゾウ、
  あんた鼻の頭は冷たいね。」

 「……。(頷)」

 耳たぶも、あれあれ指先もだと。うっすら滲んでいた汗をちょいちょいと拭いてやってから、ハンカチは仕舞ったものの、再びその手を伸ばして来た七郎次。お行儀のいい指先揃え、さして変わらぬ高さのお顔と向かい合うと、形のいいお耳を掬うようにして、左右ともに手のひらで覆う。手触りのいいやわらかな肌は、だが、

 「うあ、ひんやりしてる。
  汗かいてたほど暑いのにねぇ。」

 そういや此処に来るまでの、駅の中やファッションマートの中もちょっと寒かったもんね。だってのに、外はこの陽射しじゃない、着るものに困るったらありゃしない…と。だからそんな混乱した格好なのかと、知らない人には 今頃に納得誘いそうな言いようをする七郎次であり。とはいうものの、

 「……。」

 ほっそりしていて手入れも行き届いている、そんな七郎次の指先の感触の心地よさへ。うっとりしてだか目許を細めた久蔵なのだと気がつくと、

 「こうしていると温かい?」

 世話好きの面目躍如…は大仰だったが、幼い仕草で こくりと頷く美少女の、表情の薄さの中、ぽちりと灯った希少な喜色を見つけた途端、あらあらあら/////// と、たちまち その胸キュンと疼かせてしまう世話女房殿。青い双眸の縁を赤らめつつも、

 “まったくもうもう、
  相変わらずなんだからvv”

 そういや昔っからそうだった。何が?じゃありませんよ、久蔵は“昔”もそりゃあ冷たい指先していて。こんなんじゃあ、いざって時に動かないんじゃないか、そっちの立ち上げへは不備がなくとも、それじゃあじゃあ、ちょっとした拍子に怪我でもしないかって。

 「剣ダコもない
  綺麗な手だったから尚のこと、
  どっかに引っかけたり、
  棘を刺したり しやせぬかって。」

 そんな話になったからか、お耳はもういいとして、ふわりと退いた手が降りてゆき。ジャケットの袖、輪郭を撫でるようにすべり降りたその先にあった、やはり色白な手へと自分の手を重ねる七郎次であり。今の生ではバレエへ打ち込む芸術家の手は、やはりしっとりときめ細かなまま、それはひんやりと冷たい感触がし。そのまませっせっせでもしようかという形での握り合いになった手を、向かい合ってたまま、胸元の辺りへまでそおと持ち上げれば。軽い支えようだったのでだろう、あっさりと離されてしまい。だが、逃げたんじゃあなくの、むしろこっちへ向かって来た久蔵の手は、七郎次の肩先を越え、うなじ目がけて背後へとすべり込み。

 「……あ。」

 一緒にずいと迫って来た色白なお顔は、七郎次の右の肩の上へと落ち着いて。その頬をちょこりと乗っけて来たのが、ああ“昔”もよくこんなして甘えて来たなぁというのを彷彿とさせる。
あの“当時”の彼らはといや、途中参加はお互い様だったが、立場は丸きりの正反対。数年間に渡る別離というブランクを置きつつも、その呼吸はきっちりと覚えていた、惣領殿の元右腕だった七郎次と。野伏せり相手の戦さを前にし、何とその野伏せり陣営から寝返って来たようなもの。勘兵衛と真剣本気で切り結んだという経緯持つ、練達には違いないが、危険極まりない存在でもあると警戒されてもいた久蔵と。
他のお仲間との合流期間には大差も無いが、背負うものが真逆なほど掛け離れており。これは合わせるのは難儀かもと案じたものの、それを何とかするのも副官の務めだったの思い出し。手なずけるなんてなつもりはなかったが、せめて馴染んでほしくて構ったところが…これが案外 他愛なく懐いてくれて。その結果の、あの甘えっぷりだったと、そこをまで思い出してしまった七郎次としては、

 「…キュウゾウ、
  いきなりビックリさせないで
  くださいよ。」




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